2019年1月14日 (月)

Stabat Mater * Agostino Steffani

去年ようやく手に入れたレコードのご紹介です。

この録音の存在を知ってから、かなり長い時が流れました。もう手に入らないのじゃないかと思って、中古レコード店にメモと連絡先を預けたまま、 5~6年たったかな。連絡ないから、たぶんもうメモは処分されてる。

海外のオークションで知りあいがジャケット違いのこの曲を見つけてくれました。それも昨年のこと。でもこのジャケットでなければ、妥協できなかったし、保存状態も心配でした。

待って待って、この盤に出会えてよかったと思います。

ウィーン少年合唱団のレコードはほとんど集めました。バッハ全集とかね、持っていないものもありますが、聴きたいなと思うものは、ほぼほぼ集まりました。積極的に中古レコード店に行くこともなくなった今日この頃です。

私にとってこの録音は、最後の「どうしても聞かなければならないレコード」です。聴きたいを通り越して、聴かなくちゃいけないんだというレベルになってしまいました。

レベル10の録音がこれです。

本日YouTubeにアップしました。写真はレコードジャケット。

録音は1970年6月1日~9月15日 アーノンクールとウィーン少とのコラボとして珠玉の作品になりました。合唱指揮は、今は亡きギレスベルガー教授。

同じ世代の方はどうかこの月日に思いを馳せて、また若い方はかつての団員たちが、こうした古典音楽に取り組んだことに拍手を送る気持ちで聴いていただけたら嬉しいです。

cute note cute note cute note

cute note cute note cute note

Img510_640x493_2
                       1969年来日公演プログラム表紙写真

ソロは、1969年に来日したウォルフガング・コレッコ君のアルト、ソプラノはフリードリッヒ・ファイファー君だったと思います。もう一人はわかりません。タウチャー君だったかな・・・声は似ているのですが定かでなく、69年組の誰かかと思っているのも自分の記憶ちがいかもしれない。

この録音のさわりだけが、公式HPの「Hall of Fame」で公開されていました。今は更新されて殿堂そのものがなくなってしまったので確かめることもできず。画面保存だけでもしておくべきでした。

**************

追記:古くなって稼働していないVistaのデータを調べたら、なんと「Hall of Fame」をページごと保存していました。よくやったぞ、自分。heart01 あとでワインでも飲もう。

ソプラノは69年のペーター・コッホ君と、ウォルフガング・ノバーク君でした。アルトはコレッコ君に間違いなしです。

HPで音源を紹介していたのは、9分25秒♪Ejà mater はノバーク君、11分51秒♪Sancta mater はコッホ君、3分50秒♪Quis est homoはコレッコ君の歌唱になります。

**************

テナー歌手の一人はいつものKurt Equiluzさんで、このかたの声を聴くと安心する。他にテナーRudolf Resch、バスはNikolaus Simkovsky。

コーラスはウィーン少年合唱団とコルスヴィエネンシス、演奏コンセントゥス・ムジクス

cute note cute note cute note

今の合唱団にも才能のある子はいるのですが、こうした古典的な曲のオファーがないのでしょう。アーノンクールが取り組んだプロジェクトは、ボーイソプラノの清廉な美しさを最大限に追求したものです。変声期近い子には、まとめて録りだめしたという話も聞いています。

しつこいけど言うよ!  イェトミールになぜこういった録音を残させなかったの?

昨年6月にウィーンでモーコアのミサを聴いた友人がいます。その時はまだソプラノだったそう。

ドイツで見た彼の控え目で大人に近づいた仕草の中に、一抹の寂しさを感じました。

| | コメント (4)

2019年1月 3日 (木)

モーツァルトコア* アドベントコンサート(その2) 余談です。

クリスマスコンサート・ツアーのプログラム冊子の一部です。

表紙はなぜかブルックナーのメシュウでした。

この写真、今年早くにウィーンに雪が降ったときなのか。それとも去年の冬かな・・・なんて思いながらページをめくります。

次の見開きの右ページにコンサートの日程があります。11月28日から12月22日まで、25日間のうち、なんと19日間もあるんですね。

ほぼ毎日です。sign03

私が行ったのも、ほぼ毎日コンサートがあった時でした。成田を発ったのは水曜日の夜。翌木曜日の夜がドレスデン、金曜日の夜がポツダム、土曜日の夜がブラウンシュバイク、日曜日の昼間にベルリン、その日の夜に帰国の飛行機にのりました。

土曜日はponkoさんとベルリンで過ごしたかったので、コンサートには行きませんでしたが、その時にレーニが歌った「プエリ・コンチニテ」が本当に(たぶん他のコンサートよりも)素晴らしかったと、あとで友人たちからききました。

そうか・・・。でも限られた時間の中で何もかもは無理。私は3回聴いたコンサートで充分に満足しています。

アジア公演以外でこんな丁寧なプログラムが用意されているのは意外でした。曲目の解説と歌詞まで掲載されているので、大変役に立ちます。

学校の紹介ページもあり、同じドイツ語圏ですから団員勧誘にも一役かっているのかと思います。

                              notenotenotenotenote

Img497_640x637_3         

notenotenotenotenote

Img495_800x397

                               notenotenotenotenote

さてベルリンでのこと。一日乗り降り自由の切符を買って、100番のバスでベルリンのあちらこちら訪ねた思い出は、初めての街を100倍も素敵に見せてくれました。なによりこの季節だったことも、クリスマス前の空気や冬枯れの街並みを感じられて楽しかったです。

ponkoさんは私の希望を聞いてくれて、どの電車に乗るか、どのバスに乗るか分刻みでメモを作っていました。国会議事堂のガラスドームの見学には、事前予約もしてくれました。おまけにプッ夫君はベルリンの市街地まで迎えに来てくれたり、日曜日も駅まで送ってくれたり、2人のサポートは本当にありがたく暖かかったです。

ただ睡眠不足がピークで、ウィルヘルム記念教会の新教会礼拝堂では、静かに聞こえるパイプオルガンをBGMに、ponkoさんと話をしながらふーっと眠ってしまったほどでした。

単純な時差ボケだけでなく前夜に一仕事しなければならなかったのです。来年のブルコアのチケット発売が土曜日の午前11時・・・時差をマイナスすると、ベルリンでは金曜日午前3時。昨年パリ木公演で韓国に行ったときは知人に頼みましたが、チケットを取るのって大変ですよね。特に競争率の高いWSK・・・今回は自分で取らなくてはと決めていました。

ponkoさんに話すと「私のPCをつかっていいよ」と言ってくれました。日本語入力もできるから大丈夫だよと、午前3時まで眠らずに一緒にいてくれました。(話したいことがありすぎて、あっというまに3時になりましたが・・・)

金曜日にポツダム公演のあと、ベルリン郊外のponko邸にお邪魔させて頂いたのです。始めてのドイツで切符を買うこともままならない自分にとっては、すごいハードルでした。

ポツダムでのコンサートで出待ちをすると帰りは夜9時半ごろ。ニコライ教会の駐車場は灯りが少なくて、私のデジカメでは無理だろうと思い、最初から撮影はあきらめていました。でもクリスマスプレゼントと手紙を書いていたので、暗がりで目を凝らしヤコブを探します。いつもの通り向こう側をさっさと歩く彼なので、見つけたら躊躇している暇はありません。渡すだけで精いっぱいでした。

出待ちにはキイ君のお母様と妹さんも見えていました。実は化粧室で鏡の前にいるとき、隣りから「日本から来られたんですか?」と声をかけてくださったのがキイ君のお母様でした。その時点ではお母様とは知らず、「はい、はるばる来ました。・・・こちらにお住まいですか?」と笑ってお答えしたのです。その後コンサートが終わって外に出ようと通路にならんでいると、会場の片隅で記念撮影している団員が目に入りました。それがキイ君で、お母様と妹さんが一緒だったのです。

ニコライ教会からポツダム駅までは15分ほど歩きますが、友人のとったホテルが同じ方角だったので、駅までは一緒です。それから念のため前日に買っておいた切符で、目的地まで行かれるかどうか緑の窓口みたいなところで確認。

電車は10時25分まで待たなければならず、その間友人が「別に用もないし・・・」と駅のホームで電車が来るまで付きあってくれました。本当にありがたかったです。心強かったです。改札口がないということは、誰でも駅のホームに入れるのでこんなときはいいですよね。

日本の乗換アプリと同じようなものがドイツにもあります。これで検索すれば、長距離もバスも時刻、乗換、所用時間などが表示されるので、旅行中の必須アイテムでした。スクショして画面保存しておけば、万が一wifiの接続が悪い時でも安心です。

到着駅を確かめながら、そうしてponkoさんからは乗換駅で待つ時間など細かい指示が、たびたびメッセージで届きました。何しろ夜遅く、日本の都市圏ようにいくらでも電車がきますよという状況でもなかったので相当必死でした。

これはまだ途中です。このあとに2画面延々と駅が続いていくのです。

Screenshot_20181214171647_3

       notenotenotenotenote

話題を戻しましょう。次のページはセットリストになっています。

Img499_800x397

ドイツ語ですがスマホのアプリを使って翻訳してみました。スキャンニングして翻訳するんですが、なかなか・・・と思うところもあって、ちょっとそれも載せてみます。

Screenshot_20181229221043_360x640

ブリテンの「キャロルの祭典」の部分です。op.はオーパス、Deo Graciasが「Deoのおかげ」になっていますが通じますね。

「一時停止」というのは休憩時間のことで、その下には、ポルカシュネル「Forever」が、教会では演奏されないという注意書きあります。

       notenotenotenotenote

Dsc_0025_480x640_3

グッズとしてあのチョコレートと、テディベアも販売していました。

紺色のユニフォームもありましたが、荷物の関係で今回はガラユニフォームのだけ買いました。

昔売っていたタイプより簡略化された手足の動かないクマさんなので、座らせることができないの。でも胸の部分がマジックテープではずせて、スカーフはとりはずしできる作りです。

なるほど・・・。これで型紙起こせば、自分のベアにもユニフォーム作れるなあともくろんでいます。胸のワッペンはしょうがないね。このクマさんのは、アイロンでぺったり密着されてます。

       notenotenotenotenote

Img501_800x398

このページは新しいCDについて書かれています。CDの解説はモノクロでしたが、ここではカラーでいい感じ。

Img506_600x603

これは曲目解説の一部分ですが、歌詞まで掲載されているんですね。音楽について知りたいものにとっては本当に助かります。

ふと思いだしたこと。ミルコとヤコブがデュエットで歌ったことを覚えているのですが、「曲はなんだった?」 肝心なことを忘れてる・・・・。それは、「Still still still」でした。

       notenotenotenotenote

ドレスデンでのサイン会はこの3人でした。

20181213001_2

Dsc_0041_4_800x600_3

ポツダムのサイン会は新しいメンバーたち。

20181213002
先生と、Peter、Emilian、Prince君たち。

ニコライ教会には当たり前のことですが、ロビーはなくほとんど通路のようなスペースでのサイン会でした。一度列を離れると正面から撮影することは難しかったです。地元のかたがCDを買って、楽しげにルイス先生とお話されていました。言葉って大切ですよね。

コンサートは19時30分からでしたが、開演前の19時ごろに地下の化粧室から戻ると会場の出入り口にセーラー服姿がちらほら。あれっと思いましたが、2~3人だろうと思ってそのまま会場に入ろうとすると、奥へ奥へずらっとセーラー服の列ができていたのです。

これは通り抜けられないと思い、あわてて背を向け自席と離れた扉に向かいました。

19時半開演なのに、30分も前から会場の外で控えていたんですね。サイン会をしたこのあたりで団員たちは待っていたようです。25人がうじゃうじゃといたのかと思うと、相当無理があるけれど、ここから歌いながら入場する段取りだったようです。

Dsc_0012_7_640x480

Dsc04061_640x480
バスの車内は、クリスマスのデコレーションがしてあり、暗い中にもキラキラした雰囲気がありました。この暗さで窓ガラスにはスモークがかかっていまず。でも窓の向こうから手を振ってくれているのが、うっすら見えましたよ。見えないながらも、ずっと見ていたかったです。

       notenotenotenotenote

ベルリンでもサイン会があったらしいのですが、私は化粧室にかけこんで時間がかかりました。とにかく泣きはらした顔を、なんとか修正しなければならなかったのです。

戻った時にはサイン会は終わっていたようでした。誰が参加していたのかも聞いていません。ベルリンでの出待ちとその後に行ったベルリンモールでのエピソードは、ponkoさんがたくさん語ってくれました。私は謙虚なわけじゃなく、ガチには何もできない・・・それだけなのです。


限定なのでご了解ください。

       notenotenotenotenote

12月17日早朝のテレビ番組から。

このテレビ生出演は、コンツェルトハウスで出会い、その後ベルリンモールでも偶然出会い、すっかりponkoさんとも意気投合したファビアンのパパが教えてくれました。

ファビアン家族は私と1時間違いで飛行機に乗りウィーンに戻る予定とのことで、もしか空港であえるかな・・・なんて話も出ていたのですが、私の乗った空港行きバスがかなり遅れチェックインが始まっていたため、ファビアン家族を探す余裕はありませんでした。ちょっと残念でした。

| | コメント (7)

2018年12月26日 (水)

モーツァルトコアのアドベントコンサート

しばらくぶりになりました。

12月の一週目にパリ木の来日公演があり、京都まで追いかけ、その後ドレスデンクロイツのクリスマスコンサートが12月4日に、そして6日にはリガ大聖堂少年合唱団のクリスマスコンサートがありました。

どれも素敵な時間を過ごせましたが、記録を取るまもなく次の予定が控えていたのです。

それは4月からずっと、悩み続けていたものでしたが、運よく弾丸往復便を見つけ旅立つ決心をしました。

今日のタイトルは、念願だったウィーン少のクリスマスコンサートに行ったお話です。

Dsc_0059_3_800x600

Dsc_0060_4_800x600

xmas*bell*xmas*bell*xmas

最初の日は朝10時過ぎにベルリンに到着しました。空港からベルリン中央駅までバスに乗り、予定していた 列車をドレスデンで捕まえました。それに乗れないと1時間以上のロスになります。日が落ちるのが早いこの時期、午後の1時間は貴重です。 ドイツの券売機は初体験で、この時はまだ根性がなくトラベルインフォメーションの窓口で購入。空港からのバスはSバーンのみだったので、必要ゾーンを指定して購入できましたが、ドレスデンからは快速みたいな電車なので、ちょっと券売機の操作が複雑だったのです。で、とにかく切符を買いホームにおります。

青い電車が止まっていました。席は2等です。ここでまた一つのハードル。予約席に座ってはいけないのです。

予約席ってどうやって見分けるの?と思ったら、友人が「紙が貼ってあるよ」とおしえてくれました。なるほど。網棚に予約済みの紙が貼ってない席を探します。次の駅になると早速予約の人が乗り込んできました。席はどんどん埋まっていきます。その車両はWifi設備や充電も可能なので、ラップトップを持ち込んでいる人も見られました。

窓の外には素敵な田園風景が広がっていましたが、窓側ではなかったので、うまく撮影できず残念でした。

ドレスデンには午後3時ごろに到着しました。友人とはホテルが別なのでそれぞれチェックインして身づくろいをし、コンサートが始まるまでクリスマスマーケットを散策します。

駅に着いた頃には西の方向に夕焼けが見えていましたが、4時にはもうすっかり日が暮れています。別便で一日早く来ていた別の友人ともそこで会えて、コンサート会場に向かいつつグリューワインとカレーブルストで小腹を満たします。

途中には聖十字架教会がありました。教会の前にはクロイツの姿をした像があるんですが、可愛いと言っていいのかどうか微妙。なんか木彫りの人形をイメージしたような感じだけどちょい不思議ちゃんでした。

Dsc_0024_4_800x603

そしていよいよ会場の文化宮殿Kulturpalastへ。そこはなぜかトリコロールカラーにライトアップされていました。ただの白っぽい四角い平ったいビルなんですね。それがフランスの国旗みたいな照明効果で、ちょっと意味がわからないな・・・。しかも足元には照明装置がしっかり見えてます。

Dsc_0032_6_800x600

この建物に入ると、真向いにあるクリスマスマーケットの灯りが一望できました。ドレスデンで一番大きいマーケットは本当に賑やかでした。

Dsc_0034_6_800x459

さて、このドレスデン公演のあと、金曜日はポツダムのニコライ教会、一日おいて日曜日にベルリンコンツェルトハウスのコンサートが控えていました。

3回とも最前列だったので聴くことに身を傾け、時折襲う睡魔と闘い、でも贅沢な最高のコンサート鑑賞の旅だったと思います。

断片的な記憶をつないでいるので、勘違い、記憶違いの段はご容赦くださいませ。ほんとにね、「あれ、どうだっけ」と思うことが多い。まとめ書きしているところは、記憶がやばいと思って頂いて大丈夫です。

xmas*bell*xmas*bell*xmas

ステージにはシンプルなクリスマスツリーが配置されています。これはWSKの小道具なんですね。シャーベットグリーンのツリーが可愛らしい。

Dsc_0037_4_800x561                          ドレスデンKulturpalast
      

ドレスデンでの席は最前列のアルト側の2番目。偶然にも友人の隣りでした。そしてもう一人の友はソプラノ側の一番目。センターブロックはなぜか2列目まで完全に空いています。近すぎるのであえて客席にしなかったようです。なので両サイドにスピリット状態の私たち東洋人、実に目立つことになりました。

が、終盤それがかえって良い結果をもたらすのです・・・。

待っていると、シャリ~ンとタンバリンのような音が響きました。えっと思っていると、なんとガウダーテを歌いながら入場。リコーダーを吹くルイス先生。タンバリンはバレンティンです。マジかよ・・・小さくつぶやく友人。

私たちのすぐ横の通路をboysが歌いながら通り過ぎました。一人一人の声が美しい。アルト、ソプラノ、それぞれのパートを聞き分けられるくらい音が近いのです。もうどきどきワクワク。

やがて歌っているのが誰なのかわかりました。

ヤコブ! レーニ! 特にヤコブはピアノの右側に位置していたので、声がすごくよく聞こえます。信じられないことでした。今までずっと待ちわびていたヤコブの声が、こんなに繰り返し聞こえるなんて。

ソリストとして歌い続けているレーニとは違い、ヤコブは日本公演でも一度しか歌わず、韓国では歌っていません。マルタやデンマークでのことは知りませんが、秋の台湾公演でもソロはやっていなかったのです。

台湾にも行った友人が、ヤコブだ!ヤコブだ!とビックリです。

普段は目立たない子です。ほとんどわざとやってるとしか思えないほど、人の影になるのが好きです。集団写真では、だいたい行方不明。人の後ろにいる頭の形で「あっ、これヤコブだ」と判断するのです。

そんな子が、レーニと一緒に堂々と歌っている。しかも素晴らしいソプラノで。ヤコブ、いつから君は本気出してるの?

「Confirma hoc」は日本、韓国でも歌われた曲です。日本語訳は「堅めたまえ、神よ」

でも今回の歌は以前より澄んでいる感じがします。印象ですが、全体に声質が高く、アルトもバス的な響きはなく少年らしい声です。

「詩編23」 シューベルトの名曲が来ました。これこそオールドの音を覚えている世代には、とても大切な作品。若いファンの方も大好きですよね。コーラスとピアノがひとつの輪郭で整い、音が消えでもなお胸にしみる深い余韻がありました。

主は私の羊飼い。。。この慈しみに満ちた詩を、今一度かみしめたいです。

先生のMCはドイツ語なので、まず私には理解できません。でもたまに聞き取れる単語はあります。ポツダムではヤーパン(日本)という言葉、クロイツコアという言葉も出ていました。

あとで友人が、「この曲は日本でも歌いました」と言っていたみたいと。ドイツ語を習っているせいか、聞き取れる範囲も広いのね。ドレスデンでは席が離れていましたが、ポツダムでは並んでいたので、先生は私たちをチラ見されて、MCにも気遣いがあるように思われました。

Dsc_0007_10_800x600                           ポツダム ニコライ教会

「Veni sancte Spiritus」:ズルツァーのこの曲は、日本のプログラムでは「聖霊よ、来たりたまえ」

「O magnum mysterium」:ガルス

「Heute ist Christus der Herr geboren SWV439」 :シュッツ

古典的な教会音楽でアカペラです。遥か昔のウィーン少年合唱団、その原点がここにありました。信じられないくらいきれいだった。

二手に分かれ掛け合いながら歌うとき、こだまのような響きが別の世界を生むようです。こっちの声が消えて、向こうの声が生まれる隙間に、残響だけで生まれる音の世界。

苦手なシュッツさんですら、全然苦手じゃなかった。これはモーコアの合唱力とそのアレンジの妙によるものです。

選ばれたアンサンブルはジヌク、ヤコブ、ヒュンセオ、ヤン、ミケーレ、アンジェロ。

ミケーレ、アンジェロの2人は素敵なアルトです。やはり兄弟って声質も共通の物があるんですね。ソプラノはヤコブとヤンが明るい声質。ジヌクとヒュンセオはメゾぐらいで含みのあるたおやかな声。

ちょっとこのあたりの画像があります。別のアドベントイベントでの写真ですが、ご参考までにご覧ください。スクロールするとサムネイルが並んでいます。拡大してみてね。これは11月23日ですが、コンサートプログラムは同じと思われます。

Mariazeller land blog

ルイス先生はMCで随分とおしゃべり好きです。ただこちらには意味がわからず、会場が笑ってるのに自分は笑えないという悲しさ。

「キャロルの祭典」より、「There is no Rose」「This Little Babe」「Deo Gracias」が歌われました。

教会音楽の繊細な響きから打って変わって力強い現代音楽が引きだされます。特に「Deo Gracias」は印象的でした。少年のために作られた曲だからこその迫力。

「Pueri Concinite」 はレーニのソロでした。もう美しさに言葉をなくす。声もきれい、顔もきれい。全部麗しい。動画が上がっていますが、管理者が埋め込みを禁止しているので、YouTubeに飛んでご覧ください。細くて背中に天使の羽がついているような少年でしたが、とても背が伸び気品のある人になりました。貴公子クンですね。

「Pueri Concinite」 https://youtu.be/rJf2bTt_EXE

シュトラウスの「Forever」はクリスマスとは関係ありませんが、このツアーでユニセフに協力しており、先日発売されたCDも会場販売していたため、CDタイトルでもある「Forever」がコンサートホールでのみ歌われました。

第2部は、ヤコブとレーニが歌う「Es wird scho glei dumpa」で始まりました。2人の歌はユニゾンだったと思います。高音が素晴らしかった。トレブルの神髄を突いている演奏です。

続く「Still, still, still」、「Heisa Buama」、「In natali Domini」、「Es ist ein Ros'entsprungen」・・・ずっとライブで聴きたかった素朴なクリスマスキャロルがキラ星のごとく続きます。ドイツの人たちは、年に一度こうして同じ会場で開催されるクリスマスコンサートを楽しんでいるんですね。

「Still, still, still」は「es hat sich heut eröffnet」とメドレーで演奏されました。

「Heisa Buama」はアカペラで楽しいアレンジ。CDではソロが入っていますが、コンサートではソロは無かったです。CDによれば訳は、Boys, get up quickly。

「In natali Domini」も聴けば耳にしたことのある曲だと思うはず。17世紀プレトリウスの曲です。こんなに古いメロディが今も歌われる。クリスマスが生活に根付いているからですね。

ベルリンで泊めてもらったponkoさんのお家には、食卓の窓辺にアドベントの蝋燭がモミの木とともにアレンジされていました。赤い蝋燭が4本並んでいます。二本には火をつけた跡がありました。

御主人のプッ夫君が、毎週一度日曜にに火を灯すんだと説明してくれました。

そんなアドベントが日常生活にあることが、純日本生活の自分には羨ましかったです。私が滞在した最後の日曜日には、3本目の蝋燭が朝食の時に灯されました。

その横にはパイプ人形が飾ってありました。木製の体の空間にお灸みたいなおが屑の塊が置いてあり、そこに火をつけます。すると5分ほど煙が出てくるんですね。プッ夫君が半ばどや顔で楽しそうに話してくれます。

早口なので、半分くらいしか理解してないけど、聞き取れた単語でなんとかわかりあえたかな。ふふふ・・・ですね。

話がそれました。「In natali Domini」 ギレスベルガー教授の時代です。


これは予告なので、すごく短い

そしていよいよ、ジヌクとヤコブが歌う「O Holy Night」です。私はドイツに行く少し前に、FBのグループ動画で、これを見ていました。やっとヤコブが歌った! その声のなんと清らかなこと。明るく伸び伸びとした輝くような声でした。

1年7か月前にただ一度だけ聴いた印象は間違いなかった。

なので、この時点でヤコブの歌を聴くためにドイツに飛んだような形になりました。

ソロを支えるアルトメインの合唱が、ボーイズコーラスらしい確かさでソプラノデュエットを引き立たせます。この合唱がまた素敵でした。歌い終えると、2人は顔を見合わせ、お辞儀をします。ベルリンでは特に大きな拍手が続き、2人のバラ色にそまる頬と上気した表情が本当に微笑ましかった。ルイス先生も拍手して2人を労っていました。

これに続く「マリアの子守歌」が、またまた繊細で美しかった・・・・。最後の ♫Schlaf, Kindlein, süße   Schlaf nun ein のところ。これ聴いうるっとしない人はいないと思います。きれい過ぎて、何にも悪いことしてないのに謝りたくなってしまう。そんな心持ちにさせる優しく愛らしい歌声でした。

これだよね。モーツァルトコアは、ルイス先生の理想を成し遂げてる。 練習は厳しいと思いますが、指導に応えてここまでクラシックなウィーン少の世界を、自分の音として表現してくれる子どもたちがすごい。

さて、ここで私たちには嬉しいできことがありました。

ドレスデンでのこと。ルイス先生が「英語で話してもいいですか?」と前置きされ、このコンサートに日本、韓国・・・中国とまでおっしゃったか? 中国まではききとれませんでしたが、その時にルイス先生は客席最前列の右と左をちらっちらっと見て、世界を旅をしてこの会場に来ていますというようなことを言ってくださったのです。

これは想像ですが、その言葉のウラにはシンガポール、韓国、マルタやウィーン、台湾。すべてのツアー先で目にした、日本人ファンの存在が含まれていたのかもしれません。

右と左には私たちがすわっていました。ジヌクかヒュンセオのご両親もいらしていたのかもしれませんね。まさかそんな紹介をしてもらえるとはつゆ思っていませんでしたから、最後に演奏された「きよしこの夜」は、ありがたくて嬉しくて、また泣いてしまいました。

ポツダムでのコンサート映像ですが、これも管理者が埋め込み不可にしているので、YouTubeに飛んで全画面でご覧ください。

「きよしこの夜」https://www.youtube.com/watch?v=DxZGYah7vs4

とりあえずコンサートのみのご報告。

そうそう、この写真はベルリンのコンツェルトハウスですが、この時私の席の真後ろがレーニのお兄さんで、その両隣りはご両親でした。少し横にはキイ君のお母様と妹さん。お二人にはポツダムでお会いし、ご挨拶だけはしていました。

3列目にはファビアンのお姉さんとお友達。休憩時間に「良い席だね」と近づいてきたのはファビアンのパパでした。ドイツ語の堪能なponkoさんとひとしきりおしゃべりをしていました。親しみを感じたみたいです。

開演前にはヤンのパパもこのあたりに立ち寄っていました。

たぶん他にもご家族がいたと思います。終演後に普通に出てきたイェトミールやジュリアン。家族と出かけるようでした。

ウィーンが近いとあって、また4年生は最後のクリスマスツアーでもあり、家族で聴きに来てるんですね。レーニのママからは終演後に一緒に写真を撮りましょうとも言って頂きました。

ほかにも思いがけないことがありました。友人たちそれぞれの胸には、アドベントの火のように暖かい炎が揺れていると思います。行ってよかった・・・。

Dsc_0055_4_800x600                         ベルリン コンツェルトハウス

プログラム写真があるので、また追加していくつもりですが、とりあえず鮮度があるうちに公開したいと思います。

楽しい思い出は自分で語るには恥ずかしさもあり、お話はこのへんで。

ドイツのponkoさんありがとう。プッ夫君お世話になりました。2人の友には、たくさん助けて頂きました。私たちを受け入れてくださったルイス先生にも心からお礼申し上げます。

モーコア・ボーイズ、ルイス先生から導かれた素晴らしい音楽と歌声を忘れないでください。

| | コメント (13)

2018年11月22日 (木)

シュヴァーベンの冬 * アウクスブルグ大聖堂少年合唱団

南ドイツ・・・と言えばバイエルン。でもテルツだけじゃなく、素敵な合唱団が点在する地域です。上の動画(絵のない動画でした) はアウクスブルグ少年合唱団の歌でした。

AUS WINTER IN SCHWABEN(BR)というキャプションを頼りに、少し探してみました。そして見つけたのが下の動画です。

ここでは埋め込みサイズを小さくしているので、ドイツに興味のあるかたは直接URL先に飛んでBRの番組解説ごと見てください。ドイツ語の文章も翻訳モードにするとだいたいわかります。地方色豊かな伝統的な冬の風物詩が描かれていました。

コンサート動画ではなく、NHKの「小さな旅」とか「新日本紀行」的なドキュメンタリーです。でもところどころにアウグスの歌が流れ、雪深い地域のクリスマスがおだやかに語られています。

https://www.br.de/mediathek/video/doku-13122018-winter-in-schwaben-av:5bd2e54273e32d0018ccc33c

「Ave Maria Zart」は、3分56秒から、ほんの少し。

bell bell bell bell bell

| | コメント (0)

2018年11月18日 (日)

旧東ドイツの話を聞きました。

先週の土曜日横浜市内のレストランで旧東ドイツ出身の方を囲み、「旧東ドイツ~遠い国と遠い時代への旅~」という、統一前の東ドイツでの生活についてお話を聞けるイベントがありました。

clip clip clip clip clip

旧東ドイツというと、合唱団好きの自分はドレスデン、ライプツィヒがまず浮かびます。あと、レコードのエテルナというレーベル。ドレスデンは子どもの頃に愛読したエーリヒ・ケストナーの生誕地でもありました。

話し手のMさんの出身地は東ベルリンの東の郊外(田舎)のほう。彼は音楽家ではありません。専門は地理学者。幼少からの目標は通訳や翻訳者になりたいという希望だったそうです。

でも通訳になりたいと言ってはいけないのです。語学の先生になりたいという表現が必要だったそうです。なんかわかりますね。その微妙な違い。

ロシア語は義務で、遅くとも小学5年生には始めるそうです。6歳から加入できるピオニール(Pioneers)という青少年少女の組織があり、14歳になると青いシャツを着るのですが、それが子ども心に誇りだったとか。

Mさんから聞いたお話は驚くことが多かったです。学校生活だけでなく話題は多岐に及びました。Stasi(国家保安省)の存在は聞いていても怖かったし、壁崩壊の頃の旧東独は大気汚染がひどく限界に近かったそうです。

プロジェクターを通して映し出された東西ドイツの地図は、黄色からオレンジ、赤、黒といくつかの色で塗り分けられていました。それは大気汚染の状態だったんですね。

工業地帯の写真は煙突から吐き出される煙で向こうも見えないほど。ですが当時からフィルター等で対応していた西側はほとんど汚染されておらず、地図上では黄色い塗り分けの安全圏。東側も北のほうは農業が主体だったので黄色い分布ですが、南に行くほどオレンジから赤が多く、都市部は黒く無理つぶされています。

都市部というのは、・・・ライプツィヒの周辺でした。

ドレスデンのあたりもオレンジから赤色の危険信号。

その環境下に、世界屈指の伝統ある合唱団がいたというのが驚きでした。学校生活そのものは、もしかしたら一般の学校よりも恵まれていたのかもしれませんが(よくわかりません)、空気をさえぎることはできません。

西の列車が通りすぎるとき、空気がひどいと窓を閉めたこともあったとか。

車を買うのにどれくらい時間がかかるかという話もunbelievableでした。日本でも売れ筋は入荷待ちという場合がありますが、待ちのレベルが違った。

注文してから手に入るまで、17~18年だそうです。子どもが生まれたら発注する。その子が運転免許を取れる年齢の頃には納車できるという具合だそうです。

街の風景も、戦後のまま?と勘違いしそうなほど、痛ましい建築物が残されていました。でなければ、味気ない箱みたいな団地に建て替えとか・・・。

それを考えると、ドレスデンの旧市街地が昔の面影を残す形で復元されているのはほっとする現実ですね。今も作業は継続中なのかな。

2014年10月の写真ですが、跡地を発掘しているのがありました。出どこを明記すれば写真利用しても良いそうなので、借りものですが発掘中のドレスデンです。
中心にあるのが複合施設の文化センターで、その手前に土くれたところがありますね。戦災で焼けた建物の基礎部分だそうです。

Image出典「近代建築の楽しみ」  

壁が崩壊して29年たちました。ニュースで見た壁を超えてくる人々の映像は、私にとっては20世紀最大の奇跡に思えました。その後ソ連も崩壊。91年の夏はフランスのサマースクールに遊びに行っていましたが、ドイツから来ていた学生が教室で新聞を広げ、「君はゴルビーを知っているか?」と私に訊いてきました。

「ゴルビーが監禁された。彼を助けたい」・・・と言っていました。今思うと8月のクーデターが起きた時だった。ドイツの学生はゴルバチョフを支持し、当時の揺れていたヨーロッパの情勢に敏感でした。

clip clip clip clip clip

21世紀に生まれた子供たちは、今の時代をしっかり生きています。


Dresdner Kreuzchor

clip clip clip clip clip


Muziekgebouw Eindhoven

clip clip clip clip clip

旧東ドイツを描いたこんな映画が、来年4月に公開されます。

カウント45秒ぐらいに聞こえてくる合唱曲の「エサイの根より」Es ist ein Ros entsprungenが、トマーナの歌のようにも思える。ちなみにこの映画の舞台はライプツィヒです。

clip clip clip clip clip

Mさんが語った東ドイツの食の思い出は、ソリヤンカ Solyankaと呼ばれるスープ。

ロシア料理のひとつだそうです。イベントの休憩時間にふるまわれました。Mさんにとっても久しぶりの味みたいです。

Dsc03841_2_640x480

| | コメント (2)

«フランス映画 Rémi sans Famille*「 家なき子」