2019年7月15日 (月)

ウィーン旅行* 最後もひとり旅

 

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6月18日朝焼け 

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西の空

 

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毎日が「長い一日」で、今までの人生で一番長く盛りだくさんの5日間でした。

子どもの頃と今の時代を、自分の思いが往ったり来たりしていたので、どうかすると何十年という旅をしてきたような気もします。歴史の街ウィーンは懐が深いので、ずっと昔行ったきりだというかたも、いつでもまた迎えてもらえますから、元気なうちに行かれるといいと思います。・・・なんか、高齢者の会話になってしまった。

 

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記憶が怪しくなってきたので、カメラロールの撮影時間を確かめながらこれを書いています。

R氏とponkoさんから18日の朝食を一緒にしましょうと声がかかりました。8時にR氏がホテルに見えるそうです。

最後の朝食は値段の高いホテルはやめて、中央駅のフードコートでパンとコーヒーを頂きました。このフードコートも重宝しました。はずれにあるアジアフードのお店は、「Gyoza」「Maki」というメニューがあって文字通りギョウザと海苔巻。四川風野菜炒めや八宝菜、麻婆豆腐もあり、何度かここで夕食を調達しました。焼きそば以外はおすすめできます。向かい側にはカレー屋さんやベトナムのフーの店もありました。

 

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開店1分前でまだ照明がついていない。

 

 

ご存知のウィーン名物です。職場のお土産にリンツのチョコレートでも買っていこうかなと言うと、R氏から「リンツはスイスのチョコレートだ」と言われました。その通りです。

R氏はマンナーを薦めます。そりゃそうだ。ウィーンの人だもの。

私は大手スーパーか、デパートに行くつもりでした。でもR氏は断然マンナー推しで、これから行こうという勢い。駅構内のショップに行ってみると、9:00開店と書いてあります。「あと3分だ」とR氏。もうのりのりで開店を待つおじさんなのです。

そのうち私もなんだか面倒になってきて、ここで手を打つかと思えてきました。ついついラクしちゃう。余った時間を有効活用できるし・・・。R氏の薦める小さいの2個入りのパックが詰まった袋。30人なら3袋でOKと、そこまで計算してくれました。そんなわけでお土産の調達は5分で完了です。

ホテルの12階にある私の部屋から3人で市内の眺望を楽しんだのですが、それがどのタイミングだったのかわからなくなってしまいました。朝食に出る前だったかな。

3人で行ったカーレンベルクがホテルの西側に見える山だと思っていましたが、R氏が指さしたのは正面の方角でした。中央駅周辺の再開発は致し方ないですが、ビルの向こうに霞んで見える山並みがいつまで見られるかという思いはR氏の胸にもあったのではないでしょうか。東京ほどすごい変貌ではないにしても、ウィーンも変わっていくんですかね・・・

 

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ponkoさんはベルリンまで7時間半の列車の旅です。

今日これからどうするのと聞かれ、「シェーンブルンに行く。あとは近くをウロウロ。」ホテルに預けた荷物を受け取ったあとは遠出もできないので、最後にまたベルヴェデーレもいいかなと思っていました。

最初はウィーンの地図が全くわかっていなかった自分も、今では中央駅から旧市街、アウガルテン宮殿、カーレンベルク、プラターなど行った先の場所が地図上でどこにあるのかがわかるようになりました。ここにシェーンブルン宮殿も加わります。グロリエッテの前に立つこともこの旅で『しなくてはならないこと』のひとつでした。

 

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R氏が「Abschied」とつぶやきました。あ、また知っている単語です。お別れという言葉でした、ponkoさんたちはプラットホームに。私は地下鉄に。

「気をつけてね。また会えるよね」と当たり前のことをponkoさんに言ってみました。まだまだ人生は長いから、また会えるに決まっています。

R氏はそれをわかっているように「Next time」と力強く言って、ぎゅっと私の手を握ってくれました。

 

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グロリエッテ

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シェーンブルン宮殿の正面には、ウィーンフィルのイベント用にステージが設営されていました。

 

 

 

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旅の締めくくりはベルヴェデーレ宮殿でした。

暑さはこの日も変わらず、強い陽射しを避けて菩提樹の下でくつろぐ人たちがいます。ときおり吹き抜ける風が気持ちいい。

 

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正門を出る前に振り返ると宮殿の全景を撮影している観光客が数人いました。ここからだと全部が見えるんだ。シェーンブルンのような騒々しさはなく、3日目に見た月夜を思い出す静かな風景でした。

 

フルトモーザー指揮の民謡は、山への別れを告げていますが、私には今回の旅がオーバーラップしてルイス先生率いるモーコアへの別れにもつながります。こんな大好きなコアはもうきっと現れない・・・そういえばフルトモーザー隊は1967年タイマー隊の前身であり、それはまぎれもなくモーツァルトコアなのでした。

 

 

 

Rさん、レーブルくん、レーブルくんのお姉さん、ponkoさん、2人の友人、そして我が夢の街ウィーンよ  どうもありがとう。💕

 

 

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2019年7月11日 (木)

ウィーン旅行 * 4日目

 

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月曜日は夕方にひとつのイベントを予定していました。

それはMuThやミサと同じくらいマストな計画でしたが、昼間は穏やかな時間を過ごしました。

ウィーンに行く前からR氏がつなぎをつけてくださって、私とponkoさんはフロシャウアー隊の元団員と会える運びでいました。でも残念なことにそのかたは旅行中だとわかり、今回はお会いするのはあきらめることにしました。

それがウィーンに着いてから、やはり会えそうだとなりゆきが変わってきました。急なことでちょっと複雑な心境。会えないと思っていたので、古い少女雑誌もお土産も何も用意していなかったのです。

もうひとつ、日曜日にモーコア4年生との別れがありました。思っていた以上にロスが大きく、その寂しさを簡単にきりかえることができない・・・ 卒業して減った人数は新入生が補う。ゲームみたいに隙間はうまる。でも人の心はそんなに機械的ではありませんね。子どもたちは自由に飛び立って行ったけれど。

 

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翌朝R氏とともに向かったのは、Aidaというカフェでした。ベビーピンクのイメージカラーがあり、カジュアルな雰囲気。その店がレーブル君のお気に入りとのこと。

店内にはすでにレーブル君が席についていました。紹介して頂くのですが、子どものころの印象では(動かぬ写真ですから)、一番年下のおとなしい少年だと思っていました。それでも自分よりは上ですし、写真の写り方の具合によっては神秘的に見えることもありました。

でも実際はちがった。元気! 元気!そして陽気!  テディベアーのようなかたでした。

 

神秘は幼い私のかってな妄想で、・・・王子様はひとり消えました。でもまたいつか会いたいウィーンのおじさんがひとり増えました。このカフェで朝食をとるのが好きだなんて、ウィーン子らしいです。

 

YouTubeにある古いビデオクリップを探して、その時の撮影のことを覚えているか聞いてみたいとも思いましたが、R氏と懐かしい話でもしているのか、ちょっと割り込むことができません。

その前にponkoさんがインタビューしていたので、それはアプリで録音しました。recordingですよと言うと、面白がってツアーのことを話してくれました。あとで文字起こししてもらえるでしょう。

 

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レーブル君の隣には年配の上品な女性がすわっていました。いきなり奥様ですかとも訊けず、彼が合唱団にいたことをご存知かどうか訊いてみることにしました。するとその女性は「私は彼の8歳上の姉です」と答えてくださったのです。

お姉さんだった! 私たちの知るレーブル君のことを語れる親御さんの世代は、たとえご健在でもこんな場所に来ていただくことは難しい。親族の方が来てくださったのはうれしかったです。お姉さんは昔のホーフブルクのミサのこともよくご存じでした。話の流れで昨年ドレスデンに行ったことに触れると、ドレスデンの爆撃のこと聖母教会の再建のことなど、ponkoさんを介してお話ができてよかったです。

姉弟がカフェで朝食なんて、素敵でしょう? ようやく私の脳みそが稼働し始めた気がしました。

 

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Aidaではウィーンの伝統的な朝食を頂きました。

 

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何度目のゼンメルでしょう?

 

レーブル君は別れ際に猛烈に豪快なハグをしてくださいました。ところでこちらから尋ねたわけではないのですが、卒団して5年後くらいには「大きくなっていたよ」と言っていたそうです。 R氏が訊いたのかな? 

 

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こんな頃  体操のユニフォーム

 

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Aidaを出ると再び地下鉄へ。今度はどこへ?  まず地下鉄に乗ります。結構長く・・・。

ボックス席に3人が向かい合ってすわりました。窓際にR氏とponkoさん。その隣に私。話しやすい体制だったので、車内でR氏にあることを訊いてみました。

「クロスターノイブルクを知っていますか?」

長年ウィーンにいれば知らないわけはないのです。ガイドブックにも1ページくらいは載っている近郊の町ですから。ただその場所の親密度というか、R氏にとって唐突な存在か多少は親しみがあるか、そんなニュアンスを感じたかったのです。R氏はすらすらと、この電車でここまで行ってバスに乗ればいい。また別ルートも教えてくれました。「有名な修道院もあるよ」と。どうも今向かっている場所と途中までは同じらしい。

ponkoさんが「なによ、それ? なにがあるの。言ってよ」と私に突っ込みます。ちょっと恥ずかしかったのでためらいましたが、白状しました。「フルトモーザー先生のお墓がある。行きたかった・・・笑えるでしょ?

ponkoさんはR氏にフルトモーザー先生のお墓があると伝えたようでした。するとR氏はそんなに深く考えるでもなく素敵な話をしてくれました。

 

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合唱団にいた1964年、冬季オリンピックがインスブルックで開催されました。開会式でウィーン少年合唱団が歌ったそうです。指揮者はフルトモーザー先生でした。団員たちの中に気が散ってよそ見をする子もいましたが、そんな時先生は指揮をやめて自分の胸を親指でさし、だまって『私を見なさい』と言う仕草をされたそうです。

R氏はフルトモーザー隊ではなかったのに、すぐに思い出してくれました。それにクロスターノイブルクにはタウチュニッヒさんのお墓もありますよと教えて下さいました。今回は準備不足で行けませんでしたが、「次なる目標」できっと実現させたい。

インスブルックの開会式映像が残っていないかYouTubeを探してみました。1964年のはないですね。76年の冬季オリンピック開会式で国歌を歌っている動画を見つけました。合唱団とは関係ないけれど、こんなふうに歌ったのかなと想像するのも楽しい。寒さの中どんな服装だったのでしょう。あの紺色のコートにマフラー、ニット帽かしら。

ウィーン少年合唱団の簡素な年表が古い書籍に載っていて、そこには64年2月インスブルックという記載がありました。76年にウィーン少はインスブルックには行っていませんが、この動画から聞こえてくる声が、思い込みのせいか少年っぽく聞こえてしまう。楽団の後ろにいるグリーンの服をきた集団はヴィルテン?と、妄想エンジンがかかりました。

 

 

 

やはりこれはごちゃごちゃしていますから、フルトモーザー先生指揮の美しいキリエを聴きましょうか。ソロはシルハネック君ときいています。ハイドンのニコライミサも、ホーフブルクで聴きたいですね。

 

 

 

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地下鉄は終点のハイリゲンシュタットで降りました。そこからバスに乗り換えました。

 

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38A   カーレンベルク経由レオポルツベルク行き

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バスの窓から見える景色は素敵な住宅街。庭が広く建物もシックで瀟洒なデザインの住宅が続いています。こんなところに住みたいランキングでトップ3に入りそうだ。時々ホイリゲもあって別荘地みたいな雰囲気でした。

「サクリスタイに呼んでくれた人がこっちのほうに住んでるの。覚えてる? 紙ナプキンを折ってくれた団員のこと」 そうでした。思い出しました。こんな素敵な街だったんですね。 あと、ベートーベン縁の地? 

 

 

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バスは山道を登っていきます。そしてKahlenbergに着きました。

 

 

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遥か昔、ここは要塞として使われていたそうで、壁にはそのなごりがありました。壁に沿って少し歩くとと、すごい見晴らしです。ウィーンが全部見えてしまうほど。ここはホテルの部屋から見えていた山の上なんですね。頑丈そうな扉を開けて壁の内側に入りました。教会がありました。

 

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Kahlenberg Kirche

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大きな菩提樹

菩提樹の花にとまっていた蝶々がきれいでした。日本のツマグロヒョウモンに似てる。そしてウィーンにはいたるところに菩提樹があるんですね。

 

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教会に入ると静けさで少し緊張します。礼拝堂には一人たたずむ人影がありました。この教会でVIE BOXがコンサートを開いたことがあるとR氏から伺いました。

 

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下のほうに爆撃を受けたことが書いていあります。1945年2月7日・・・調べてみるとこの日と翌8日の正午ごろにウィーン市内が空襲をうけたことが市の記録にありました。今の私には直接関係しませんが、東京もウィーンも、こんな山の上の教会まで、たくさんの傷ましい歴史を持っているのです。

 

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高いところからの眺めは最高でした。

あのへんがクロスターノイブルクだとR氏が指さします。「お墓は見えないけどね」と・・・。

 

亡くなったのは最近でも、カペルマイスターだったのは1960年代前半。そんな大昔に指揮をしていた人のお墓参りなどという私の発想を、決して突拍子もないとは言わずに、こうして教えてくれるR氏の優しさがありがたかったです。

その景色の中に修道院の尖塔が二本見えました。こんなによく見えるんだ。ドナウの流れの行き先は、空と雲のまじりあう彼方に遠く細くかすんでいました。

 

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Klosterneuburg

 

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左端の街並みがクロスターノイブルク

 

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ざっくりですが、中央駅の方角。もやっとビルが見える

 

反対の方角にはドナウに掛かる橋が何本も見えました。こちらには高いビルが川の両側に見えます。2日目に行ったドナウマリーナのほうですね。幕張メッセのような新都心的な建物がプラターから地下鉄にいく途中にありました。

この景色、私は気がついていなかったのですが、帰国してから写真を見せた同世代のファン友から「私も昔ここに行きました!64年組のビデオにもあったよね」と聞かされました。

 

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え、そうだっけ・・・早速チェックしてみたら本当にあの場所でした。当時はビルこそありませんが、団員たちの後ろにはカーレンベルクで見た風景が広がっていました。ここで撮影したんだ!変わってないじゃん。

 

 
古いビデオの最初のシーンとタイトルクレジット    レーブル君もいます。

 

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さてカーレンベルクから市中に戻ったあと、中央駅でR氏を別れ友人2人と落ち合いました。

まず券売機で切符を買います。ウィーン空港に行くのです。

まだ帰国日でもないのに?

 

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ウィーン中央駅ホーム

 

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ブルックナーコアが日本から帰ってくるのです。

 

モーツァルトコアが好きで、14日からウィーンに行くことに迷いはありませんでした。ただ千秋楽の3日間にBプロが2度もありましたね。YELLとAveMaria、どちらも聴きたい曲でした。それと卒業式もあきらめました。

今回のブルックナーは本当に素敵で、宗教曲で聞かせてくれたコーラスの完成度には驚きましたし、boysとマノロ先生の親しみやすさは他のコアに比べても群を抜いていました。モーコアは厳しい一面もありましたから、トラウマになってなかなか気安く話しかけられなかった。

ブルックナーにもう一度会いたいと思いました。私は横浜みなとみらいが最後だったので10日ぶりです。

空港には家族もたくさん来ていますから、子ども達を迎える様子を垣間見るだけでもいいし、なにより別れではなく、迎えに行かれるという喜びがありました。

 

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到着口にいる私たちを、最初の一団は気づかずに通り過ぎて行きました。そのうちこちらに視線が集まり目を丸くしながら手を振るboys。ブルコアはここでも温かい笑顔を返してくれました。

空港は和やかです。久しぶりにわが子を抱きしめるママの背中。お腹がすいているのか、もうファストフードを食べている子。その中で友人と懇意になっていたご両親が、彼と挨拶をかわしていました。近づいて私も持っていた日本のお菓子を妹さんに差し出します。

すこし勢いがついたのでダニエルのところに飛んでいきました。隣りにいたのは彼のおばあちゃまです。「私はこの子のオーマよ」やっと、知っている単語が出てきた。

彼に日本で何が美味しかったかと尋ねると、意外や「そば・・・」渋い好みでしたね。ponkoさんに「ドイツ語が上手ですね」と黒い瞳をきらっとさせました。

マノロ先生は私たちを見覚えがあるような、ないような・・・定かではなさそうでしたが、ともあれウィーンにやってきた私たちにありがとうと言ってくださいました。

メシューとダヴィットが見えたので、彼らにも話しかけてみました。グミを持っていたので差し出すと、その場で開封して食べ始めました。もう日本ではないから、リラックス感もちがうようです。

ponkoさんがメシューに写真をブログに載せてもいい?と聞くと、即座にOK。なので、私も便乗します。

 

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教会で会ったラファエル君もフィリップを迎えに来ていました。

また日本公演に行った親御さんの中には、わが子と一緒に帰ってきたかたもありました。

迎えに来た家族と会えた子たちはそのまま帰宅するようです。自分たちも明日にはウィーンを離れるのですが、無事に帰ってきた合唱団を迎えることで、モーコアの時のような別れの寂しさは少しも感じませんでした。

 

 

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2019年7月 7日 (日)

ウィーン旅行*3日目の日曜日

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

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日曜日はホーフブルクのミサでした。

この日がモーツァルトコアだけで歌う最後のミサなのです。

元団員のR氏は前の日に、ミサの時はドレスコードで黒いスーツにネクタイだと言ってましたが、やはりそれは冗談でスーツでありませんでした。それでも前日のような半ズボンではなく、おしゃれなポロシャツにループタイをつけダークなスラックスで決めていました。

R氏は礼拝堂ではコーラルスコラとして、カソックに着替えます。

建物の前にはすでに列ができていました。8時半ごろ正面玄関を上がり予約したプリントを提示しました。レセプションのあるロビーには椅子も置いてあり、そこでしばらく待っていました。

 

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焦点あってない・・・

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

すると友人がミサのパンフレットを持ってきてくれました。「あそこに置いてありますよ」と受付の横を指さしました。

カウンターには英文とドイツ文との2通りのリーフレットが挿してありました。正直全部ほしかったけれど、それはできない。笑  それぞれ2部づつ頂きました。複数取ろうとすると受付の人がチラ見するので、日本人かよって思われるのも何なので遠慮しました。

 

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カバー写真はイェトミール、その後ろにヤン、一番奥にはヤコブも写っています。これが一年間使われる。

どうやらリーフレットは新しい予定表ですね。Season2019/20になっていて、9月から一年分の予定が印刷されていました。

シューベルトのミサ曲D950がありましたよ。これを歌う時があるんですね。聴ける人いいなあ。

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

ロビーで待ち続けるとスーツとネクタイの若い人が通りかかりました。あっ、ラファエル君! 4年前にブルックナーコアで来日したラファエル君です。まだ入場時間ではないので、そこに立っている様子です。今なら大丈夫そうと思い、話しかけてもいいですかと日本で頑張っている弟フィリップのことなど話題にすると、にこやかに I know, I know! それと家庭画報で彼とフィリップ、お母さんが並んで写っている写真を見たことを話しました。複雑な部分はponkoさんがドイツ語でサポートしてくれます。 しばらく考えて思い出したようです。「あれは、実際なんの取材だったの?」という返事で、どうも彼は家庭画報を見ていないようですね。

他にもスーツ姿の元団員を見かけました。ハジュンは遠目に見かけただけですが、クールさも変わらずでした。

2005年に来日したという青年、名前をききそびれましたが顔には見覚えがありました。2005年の団員のことは昔のわりには覚えています。ピンポイントですが、グンダッカー兄弟より兄弟でないアレキサンダーBのほうが似ていたなとか、フローリアンがアコーディオンや太鼓で活躍していたとか、ソリストのマヌエルが途中で欠場しちゃったとか、マテジの猫(猫の二重唱)が可愛かったとか・・・ガルスの「この日こそ」が素晴らしかったとか。NHKでオンエアがあり録画で見る機会も多かったんですね。ひとつきっかけがあるとこうして書けますが、その時は突然でゲーリンガー先生のことしか頭に浮かばなかった。ですが先生の名前だけでも、彼には嬉しかったようでした。14年も前ですものね。

 

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ファンクラブの写真 2005モーツァルトコア 

 

ponkoさんが一年前に話をしたという、2011年ごろブルックナーにいた青年にも外で出会いました。彼はponkoさんを見てすぐに思い出しましたよ。かつての団員たちは急ぎでないときなら、話にも応じてくれるんですね。大人になった彼らは素敵でした。

 

 
「 YELL 」 ここであの青年が歌っています。(2012年)

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

入場の時間です。ラファエルが案内してくれました。

席は最前列の左ブロック内側から3番目と4番目。友人たちは右ブロックの対象的な位置。

祭壇の右端には黒いカソックを身につけた青年がすわっていました。その青年にも見覚えがありました。180cmかそれ以上ある長身ですが顔はどこかで見たなぁ・・・でも似てるだけかもしれない・・・結局思い出せない。

その青年が祭壇の蝋燭に火を灯します。黒いカソック姿が美しいので絵になりますね。

 

 

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席についているとラファエル君がまたやってきて、ミサの最中は撮影禁止ですと注意を促しました。18歳だと思いますが落ち着いています。きっとこの係のリーダー格なのでしょう。

ミサが始まる時間です。

「Rさんは後ろから入ってくるからね」と、ponkoさんがささやきます。そうしてオルガン演奏とともに聖職者とスコラの皆さんが中央通路から入場しました。 聖職者の方はそれぞれ役割があり、一番偉い方はミサが始まると詠唱というんですか? ちょっとこぶしの利いた声で典礼文を読み上げます。詠む or 詠う  ← こっちの「よむ」「うたう」がふさわしいと思います。

ミサを進行する方とか香炉を振る方もいます。香炉を振っていたかたは64年組ロスナー兄弟の末っ子さんだと、あとからR氏に伺いました。似ているかというとそうでもないですが、お兄ちゃんと鼻が同じような気がします。(あやしい記憶です)私はロスナー兄さんにお会いしたい。

 

入口で配られたこの日のプログラムの一行目に、「聖ミサはRector Präla エルンスト・プッヒャー教授によって祝われます。」と書かれていました。Rector Prälaというのは司祭の中で一番上の方の称号らしい。プロテスタントの小さい教会のミサは出席したことがありますが、カトリックは初めてなので式次第もよくわからず、最前列に座っていながら「いつ立てばいいの?」「さあ?周りが立ったら・・・」そんな感じでした。

コーラルスコラの方は祭壇の左側にいました。壇があってその上に8人ぐらいだったと思います。

 

前列には懐かしい元団員たちがいます。ブルックナーのジョンミン、レアンダー、ハイドンのジーノ、後ろにはたぶん2009年頃の個性的な子で、ミヒャエル君? 後列にはVIE BOXにいそうな中年ぐらいの方が並んでいます。R氏もその中にいました。

少人数ですがグレゴリオ聖歌は気持ち良く堂内に響きました。司祭様の詠唱は高めのお声です。ORFのラジオ録音で聴いていたのは、こんな雰囲気だったんですね。

 

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この日のミサ曲はモーツァルトのミサ曲6番 ヘ長調 小クレド・ミサ K192 

ソプラノ:Jinwookジヌク   アルト:Hyunseoヨーゼフ
テナー:Martin Müller    バス:Hermann Thyringer
コーラス:ウィーン少年合唱団   ウィーン国立歌劇場男声合唱団 

指揮:Jordi Casals

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リハーサルの時に3階を見上げると指揮者の背中と、ソリスト(ジヌク)が左側に、ヨーゼフらしき姿が右側に少しだけ覗いていました。

見えないところから降り注ぐ声、天井に近い3階バルコニーで彼らは歌っていました。

 

 
リハーサル  Agnus dei

 

ミサの最中は振り返ることはできないので、気配も何も感じない状況で頭上から降りてくる声が私たちに注がれる。ジヌクの声量ある声は自由でした。ホーフブルクのあまり広くない堂内をらせんのように回転しながら下りてくるように感じました。出来ればもう少し繊細さがあると、この軽やかなミサ曲には良いのではと思いましたが、ジヌクさん力いっぱい歌っていました。

 

サンクトス、 ベネディクトスが美しかった。一階の最前列は魅力ですが、私は歌っている気配を少しでも感じていたい。もし次回があるとしたら、2階席ぐらいからboysを見ていたい。


テナーの歌唱が重要なミサ曲と思われましたが、boysとの相性が良くて、全体に明るく高揚感のある演奏でした。

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

パンを戴く儀式は、信者のためなので、私たちはそのあいだ待っています。海外のかたの中にも信者がいるので、通路に列ができました。

ミサが終わるとまた振り香炉があり、最初に来た道をミサを祝った司祭様ほかの皆さんは帰っていきました。

いよいよ我らがモーツァルトコアが歌います。オルガンが鳴る中、サクリスタイにboysが下りてきました。カーテンの向こうに姿が見えるのはフェリックス、ジヌク、ファビアン、ヤコブ、オリヴァー・・・。やがてオルガンの演奏が終わりboysが祭壇前に現れます。

そのとき先頭に立つフェリックスの意を決したような表情が印象的でした。

曲は「Confirma Hoc,Deus」  短い曲なのであっという間・・・

 

   ・・・そして2年間心のよりどころだったモーツァルトコアへの旅は終わりました。

 

 

 

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

燭台に火をつけていた青少年はここにいるような気がしていたけれど、・・・似ているだけでした。
ま、いいか。それは忘れて声に耳を傾けてください。来日したブルコアメンバーと来られなかったメンバーと半々ぐらいかな。日本のかたが撮られています。拝借しますね。


本当のことを言うと、モーツァルトコアもこんな選曲にしてほしかったです。

 

 

 

♥ღ*♥ღ~❤*♥ღ~❤*♥ღ♡

 

ミサのあとR氏とponkoさんと一緒に、またオーバーラーで食事をしました。午後はアウグティーナ教会に行きましょうとお誘いを受けます。

なんでも前日その教会がとても素晴らしかったから、私たちにも見せたいとPonkoさんが言うのです。その後は歌劇場の内部見学をすることになっていました。

私はアルベルティーナにも行きたいと思っていました。デューラーのウサギの絵を見たかったのです。でも美術館は時間がかかるので、そのへんの時間配分はでたとこ勝負というか、あえて時間確保しないと難しいです。

オーバーラーに向かう道々、みんなの後ろを歩きながらちょっと交わした友人との会話で、それまで抑えていた「終わった感」が、せきを切ったようにこみあげてしまいました。友人は優しいので「今日は何か言う人はいないから」と、私を一人放っておいてくれました。

フンデルトヴァッサーではポークのウィンナー・シュニッツェルを食べましたが、オーバーラーでは仔牛を注文しました。つけ合わせが別メニューのようにたっぷり出てきたのでびっくり。どこのレストランでも完食できないですね。でもあと30分の時間とビール一杯あれば食べられると思う。

さっきまで泣いていた人は食欲の人となりました。

 

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アウグスティーナの内部は煙ったようにくすんでみえました。それは実際に煙っていたのです。午前中にここでもミサが行われていて、香炉の煙がうっすらと残っていたんですね。幻想的でした。

 

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祈祷台の天使

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蝋燭は0.99€  シュテファンでも火を灯しました。寄付と命への感謝のため

 

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R氏はカジュアルな格好にもどりたいからと一度自宅に戻られました。それは私たちがアウグスティーナに行っているときだったと思います。そして歌劇場で待ち合わせたのかな。

若いころは旅と言えば日記でした。何でも書く、毎日会っておしゃべりする親友にも手紙を書く、それって青春ですよね。

今は何もかも忘れていいかげんなブログ書いてる自分です。

 

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オペラ座(国立歌劇場)は9€で内部の見学ができます。入口は小さいのでわかりにくく、建物の周りを一周してしまいましたが、リンクに面した左の角のあたりに列がありました。

 

https://www.wiener-staatsoper.at/en/your-visit/guided-tours/

ドイツ語コース、英語コース、日本語コースもあります。ponkoさんとR氏はドイツ語コース。私たちは待たずに行かれそうな英語コースを選びました。ですが実際かなり待たされました。ロビーは人ごみと暑さでうんざりするほど。日曜の午後だから無理もない。みな我慢強く待っていましたね。

ガイドさんの英語はものすごく早口で最後にオチがあるようなパフォーマンス型でした。早口大会みたいでしたよ。ちょっと、意味わからな過ぎて何もかけない・・・

 

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見学コースを待つ人たち

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ソワレでトスカの舞台があるそうです。この男性がガイドさん。

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トスカの舞台です。

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出演した歌手たちの写真は歴史ですね。

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外の噴水で遊ぶ子ども。この日も暑かった

 

オペラ座の見学はドイツ語コースも混んでいたのでしょうか? 外に出てもponkoさんたちに会うまでに時間がかかりました。

からの、「のどが渇いた」「どうしよう」

前日私と友人たちが、ハードロックカフェの後に美味しいジェラートを食べに行ったことを話していたんですね。その店をR氏も良くご存じで、これからそこに行こうということになりました。

お店は「Eissalon am Schwedenplatz」アイスサロン アム シュエデンプラッツ  Schwedenplatz駅にある人気店です。

 

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左奥にジェラートの売り場があります。これはハードロックカフェの帰りに寄ったときの写真です。夜10時過ぎでこの混雑。

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まだまだ一日は終わらない。ミサは一日の始まりのできごとでした。それが目的でそのためにウィーンに行きましたが、本当に長い一日だったので全部書くまでは次に進めない。

 

ホテルに戻る前Ponkoさんから、夕方涼しくなったらベルヴェデーレに行かない?と誘われました。前の晩予定していましたが、しゃべり過ぎて夜が更けました。そんなことって何十年ぶりでしょう。朝までしゃべった記憶、しゃべり足りない記憶、これもウィーン少年合唱パワーかもしれない。実はしゃべり足りないのは私たちだけではなかったのです。R氏がまさしく青春の真ん中にいるようです。ponkoさんと話していると、合唱団時代にもどれるんだわ。私が少女時代に戻れるように。


自室に戻り身支度してponkoさんの部屋に集合しました。そこからが長いのよ。ベルヴェデーレに行くつもりが、またおしゃべり。

気がつくともう夕暮れ時で、時計は9時15分をさしていました。「あっ、もう行こうよ。しゃべってる場合じゃない」 私の声でponkoさんも「そうだ、そうだ」と腰をあげます。

若い友人は私たちのオールドな話題にもつきあってくれて、きっと「もう行きませんか」と言えなかったと思います。

その前の夜に行くつもりでいたベルヴェデーレ宮殿でしたが、その時もおしゃべりに夢中で10時とか11時になってしまった。おしゃべりは時間のブラックホールです。

あわてて外に出ると、みごとな夕焼けが見えました。夕日が沈む方角にはまだ高いビルがありません。

こんな夕焼けがウィーンにあるとは・・・ 高いビルなんていらないよね。アカネ色とスミレ色の空がいつまでも見えますように。

 

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宮殿まではせいぜい10分。風も涼しくなっていました。

こっちに入口があるはずだったと、Ponkoさんが案内してくれます。白い壁に沿って歩くと「これが菩提樹よ」と塀から覗いている小さな花を指さして教えてくれました。香りがあるのよっと言います。鼻を近づけると甘い香りがしました。

先に書いておきますが、ベルヴェデーレにこの時間に入れたのは、実は運が良かったのです。

駅前の通りに面した正面門ではなく宮殿の横にも出入り口があります。そこに行ってみるとしまっている様子。どうしようかと思っているところに、中から出てくる観光客がいたのです。彼らが出ると同時に私たちはするっと入ってしまいました。どうやらこの時間になると出ることはできても入ることはできないようです。

 

日が落ちて黄昏時です。宮殿のライトアップだけで十分な光。人はほとんどいませんでした。宮殿の前を散歩していると2~3人の男性がいました。そのとき女性が話すドイツ語が私の背中側から聞こえました。男性の中に女性もいたのかなと気にも留めず振り向きもせずにいたら、どうやら声の主はponkoさんです。誰にでも話しかける人だということはドイツで経験済みでした。

なにがあったと思いますか? 男性たちはたぶん高校生ぐらい。宮殿前の像に上ろうとしていたんですって。この時間だし相手は男性だし、たぶん日本だったら「仕返しがこわい」で無視しているでしょうね。でもponkoさんは軽快に、その男性たちに注意したらしい。

そうしたら彼らのうちの一人が、「あなたも上りたいなら、手伝いましょうか?」って。

ははは・・・・ウィーンはなんていい国なんでしょうね!そんなこと言ってくれる高校生、日本にいるかしら? 

 

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夜空には月が出ていました。私たちはベンチに座っていました。この夜景を3人で独り占めだったかもしれません。

ホーフブルクのミサで美しい歌声をきき、別れに涙を流し、アウグスティーナで蝋燭に願いを込め、オペラ座の豪華さに圧倒され、今静かに月夜の下で疲れを癒しています。哀しいことも楽しいことも、紙一重のところに存在しています。気の持ちようでなんとかなる。

 

ウィーンの月にも、うさぎさんが見えました・・・というのはうそです。

おぼろ月でうさぎは隠れていました。

 

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2019年7月 5日 (金)

ウィーン旅行* 2日目

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まだ一日分しか書いていないのに、すっかり書いてしまったような錯覚です。「ひとりぼっち」を聴きすぎて、2年前にもどりたい心境から抜けられない。

2日目はリアルな合唱団は出てきません。60年代の元団員さんは登場しますが、セーラー服を脱いで50年の方なので、現役目当ての方には伝わりにくいかも? でもカテゴリーに「旅」がないので、今日もウィーン少年合唱団でいきます。

今日は写真をたくさん載せました。ウィーンに行ったことのある方、憧れている方、懐かしい方、写真のほうが疲れませんよね。(画像をクリックすると見やすいサイズに拡大されます)

 

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毎朝の景色

 

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疲れていても快い深い睡眠で早朝からふっと目が覚めました。カーテンを開けているので外の明るさが感じられ、こんな素晴らしい朝焼けだと眠っていられない。とりえず撮影。そしてまたごろごろ。そのうち外の世界も動き始めました。

通勤の人、車、スーツケースを引く旅行客、ホームに入る列車。12階の窓から見下ろす中央駅の周辺は別世界のようにも思えます。

 

9時に待ち合わせをして、WSKの元団員のR氏と朝食をご一緒し、そのあと国立図書館に行くことになっていました。

ロビーに下りるとPonkoさんと友人がすでにソファに腰かけています。R氏も現れました。写真では見たことがあるかたでしたが、白髪のチャーミングな紳士でした。60年代に団員でしたが、今はコーラルスコラの一員としてホーフブルクで聖歌を歌っていらっしゃいます。

 

中央駅には地下鉄も来ているので非常に便利。地下に降りて改札がわりのガードを通る手前で、「あっ、切符を買ってない」ことに気づきました。ハードロックカフェの帰りは一回限りの切符だったので、新たに購入しなければなりません。滞在日数を考えて72時間有効切符を買うつもりでいました。

券売機を見るとちょうど団体客が到着したところで、列が長く続いていました。そこで私は友人とインフォメーションに走りました。並ぶより早いと友人が教えてくれたのです。ponkoさんとR氏を地下鉄入口に置いて(そこで待っていると思っていたので)猛ダッシュ。

友人は若い。私は若くないけど、同年代の人が見たら信じれないくらいフットワークは軽いです。なりが小さいので、アリンコみたいにせかせか動いてしまう。なのであっという間に戻ったつもりだったのですが、なんということでしょう! そこにponkoさんとR氏はいなかった。

地下鉄ホームに降りてみたり、インフォメーションまで戻ってみたりすること数回。それでも見つけられずに茫然としているところ、友人はSNSでR氏を探し出しメッセージを送ってくれました。さすがに若い人の発想です。また英語のタッチパネル入力の早いこと早いこと。グーグルがあればどこにでも行けると豪語しましたが、実はまだまだでした。

   追記:R氏からメッセージが来たかもしれません。もはや思い出せない。

そうこうしているうちに、R氏と友人がメッセージで場所を確かめ、なんとかまた巡り合うことができました。ふたりは私たちがインフォメーションに入ったことを知らず、その先のほうまで探しにいってくれたとのことでした。申し訳ありませんでした。

 

 

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72h

印で囲んだ部分の説明をします。まず72時間チケットと書いてありますね。右の24という数字は今年に入ってから24週目ということ。その横には小さくSの文字が印字されています。これはSamstag土曜日で、その横の0955は午前9時55分。ここから72時間市内の地下鉄・バス・トラムが乗り降り自由なのです。ちなみに翌週の火曜日に買った切符には25Dと印字されました。25週Dienstag火曜日です。

実はR氏に教えてもらいました。笑  あるとき「これいつ買ったのだっけ?」と思い、日付刻印がないことに気づいたのです。それでR氏に尋ねました。今年の24週目という考え方が斬新です。

 

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R氏が案内してくださったカフェはオーバーラーOBERLAAという店で、日本では一度九州に出店したこともあるそうですが、今はありません。そして私も初めてのお店でした。

たぶん10時半とかそれくらいですが、奥の眺めのいい窓際テーブルは人がいました。手前はすいていたので、そちらに席をとりました。

 

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すっきりした店内はひろびろとしています。

 

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ケーキは写真だけ

 

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コーヒーとカイザーゼンメルとバター、ジャムを注文しました。ジャムはママレードにしたかったのですが置いてなくて、アプリコットかイチゴかというので、イチゴにしました。どっちでもよかったけど・・・ 

ゼンメルは手コネでHandsemmel もちっとした食感で美味しいです。たぶん多くの日本人は丸いパンを食べる時、手でむしると思います。ウィーンの人は(ドイツの人も)パンを片手に持ちナイフで切れ目を入れて、2枚にして戴くのが習慣だそうです。イングリッシュマフィンみたいな食べ方ですよね。でも私は手でちぎったほうが好きです。舌触りがいいでしょう? それが食事中に話題になるほど、食文化の違いは面白いです。ちぎって食べるのはお行儀悪いぞというのは、あるんですか? 

 

 

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軽い食事を終えてこの日もホーフブルク方面に向かって歩きます。

 

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玄関はレッドカーペットでした。(写ってないけど)

 

国立図書館は世界一美しい図書館と言われています。 

https://www.wien.info/ja/sightseeing/sights/imperial/national-library

 

館内に入るとため息がもれます。自分の表現力では「ハリーポッターの世界みたい」ということになってしまうのですが、魔法でなければこんな世界はありえないと思う場所です。

天井のフレスコ画から床の幾何学模様のタイル、中世からの何十万という蔵書の数々、柱や書棚の彫刻文様も豊かな造形でバロック様式の荘厳さに圧倒されました。

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高い書棚には梯子がつけられています。それがいくつも並んでいる様子は「ファンタスティック・ビーストみたいだ」。あいかわらず映画から抜けられない自分ですが、およそ今の時代の映像制作の手本には、こういった歴史遺産も含まれているでしょう。本物はここにありましたね。

書物が持つパワーはやはり魔法です。ponkoさんとR氏はすみの椅子に腰かけています。しずかに時間が過ぎていきました。

 

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天井には採光窓があり薄日が入ります。その光と階下の薄暗い書棚との対比。

 

 

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さてこの日は私はずっと暇でしたが、友人たちはそれぞれミュージカルとワルツ&ポルカの演奏会の予定を入れていました。これも自分は用意が足らないと思ったこと。一応「魔笛」の上演がないことだけは確かめたのですが、せっかくのウィーンで演奏会などいくらでもあるはずですから、もっと欲を出せばよかったと思っています。

友人たちの予定はソワレだったので日中は時間がとれます。そこで前から興味を持っていたフンデルトバッサーのカラフルな住宅を見に行くことにしました。ponkoさんとは一旦ここでお別れです。

 

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ponkoさんのウィーンのお友達はaround1960の団員ですね。R氏は1962年頃から歌い始めていらしゃるようなので、これから貼る動画ではまだ団員になっていません。今回オペラもミュージカルも行かなかったので、ここで少し挽回です。
2分15秒から6分10秒まではテレサ・シュティッヒ・ランダル他のオペラ歌手の歌がはいりますが、出だしと終盤のWSKのアカペラコーラスは力強く秀逸です。

真ん中かっ飛ばしても、ウィーンの合唱を聴いてください。

これは83年組の録音を聴いたときに好きになった曲です。この中でテレサ・シュティッヒ・ランダルが歌っている平和の使者のアリアを、83年にはルネが歌っていたんですね。ワーグナーの歌劇リエンツィより、「平和の使者の合唱」Die Friedensboten 1960年のライブ録音です。指揮はヨーゼフ・クリップス。  ステージの様子はわかりませんが、合唱団は平和の使者たちとして出演していたと思われます。

 

 

 

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https://www.wien.info/ja/sightseeing/sights/hundertwasser-house-vienna/#

Herrengasseから地下鉄に乗りました。下車駅を忘れましたが、地図で見たらLandstrasseだったようです。駅から10分か15分ほど歩いて到着しました。目の前がグリーンで覆われるのです。遠くからでも「あれだね」とわかる風景。

 

 

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ウィーンのガウディとも言われるそうですが、この住宅は1983年から85年にかけ作られています。この曲線と色と植物との取り合わせは三鷹のジブリ美術館を連想する。ジブリの建築コンセプトは知りませんが、発想のもとにはなっていそうですね。

 

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今でこそ屋上に植物を植えるのは当たり前になっていますが、この住宅はバルコニーやその他どこともわからない場所からも植物が生えています。自室やバルコニーなどは住んでいる人が自由に変えられるそうで、入居希望者が絶えないとか。

 

 

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まっすぐじゃない住宅

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フンデルトヴァッサー自身は建築家ではなかったので、むしろそこからの自由な発想なのかな。でもそのデザインを採用した当時のウィーン市長の先見の明に拍手です。

 

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手も鬱蒼としています。

 

一般住宅なので外から見学するだけですが、それだけでも充分に楽しめました。

お腹が空いたのですぐ近くにあるカフェレストランに行きました。ここもフンデルトヴァッサーがデザインしたそうです。木々に囲まれ暑さを忘れる異空間でした。

昼時でお客さんも多かったので全体像を撮れなかった。食事はテラスで戴きましたが、内部も素敵です。

 

https://www.kunsthauswien.com/en/visit/gastronomy/

カフェ「クンストハウス」CAFÉ KUNST HAUS WIEN

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ウィンナーシュニッツェル

 

 

フンデルトヴァッサーで見つけたオーストリア 

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さあ、これからどうしようというところで、プラーターが意外に近いことがわかりました。そこでまた歩きます。リンクの外になるとウィーン情緒というのは無くなってただの郊外の町。

 

ドナウ運河を渡ります。見慣れました・・・

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しばらく歩くと観覧車が見えてきました。遊園地は入場料はとりません。アトラクションごとにチケットを買うシステムでした。絶叫マシーンもいくつかあって、何というか、放置型というか、ケーブルの先端に座席がついていて回り放題のヤツとか、遠心力でどっかに飛んでいくんじゃないかという勢いのマシンで大騒ぎしています。

 

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絶対ムリ! 千葉動物園の可愛いジェットコースターでも「おろしてくれ~」となる自分には、プラーターのアトラクションはレベル10=拷問です。遠目に撮影だけしてスルー。

 

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この高さで回転してる

 

蝋人形館にはシュワちゃんがいました。そういえばオーストリア出身でしたね。

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ところが、素通りできないのがありました。馬です、馬! 見れば小さな子どもも乗っている。
念のため「初めてだけど大丈夫?」と訊いて、乗ってみることにしました。友人たちは、命短し恋せよ乙女になれないオールドを待っていてくれました。ありがとう

 

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馬から見た風景

 

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園内をかなり歩くと地図の立て看板がありました。現在地の少し上に本物のドナウ川があるようです。運河は見ていましたが、川は未体験。せっかくなので行ってみました。地下鉄で3駅です。

 

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ドナウは洪水になることもあるんですよね。濁っていてもこの暑い日に水の流れは涼しげで、吹く風は・・・どうだったっかな? 忘れてしまった。笑

岸辺から川に下りる階段がありました。わりと無造作にフェンスもない階段。そこからの眺めです。いい感じで休憩がとれました。

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今日はウィーンにちなんで、「ウィーンわが夢の街」 Michi君がいたころのモーツァルトコア2014年の演奏です。

2017年のメンバーはいるかな? 後列左から2番目 サッシャ、前列左端ラファエル、3番目からルーカス、フェリックス、ハジュンがいました。ソロは最初はMichi君だけど途中で誰かに変わっているようですね。

 

 

 

 

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2019年7月 1日 (月)

6月14日金曜日コンサート * Mozartchor * MuTh

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公式HPでは、「Friday Afternoons」といいますが、開演は17時ですからソワレに近い。金曜日のこの時間、昼間の観光を終えた人たちや早めに仕事を切り上げた人たちも聴きに来られます。

団員たちの親御さんも見かけました。

 

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1曲目はガルスの「この日こそ」

この曲は日本ツアーでは大きくふた手に分かれ向いあって歌うことが多いですが、ここでは全員が正面を向いていました。

ヤコブの声が聞こえました。ソプラノのままでした。よく透る優しい声。そう彼の声は私にとって、ただ美しいというだけでなく安らぎを感じる声なのです。

マヌエル・フーバー先生が「皆さんにわかるよう英語で」と前置きして挨拶をされました。私たちには新任のカペルマイスターですが、客席で初めて聴く方にとっては、普通に指揮者ということしかないですね。カペルマイスターが4つの隊ごとに違うということすら知らない人もいるかもしれない。

次はもうお馴染みの「Confirma hoc, Deus」最初とはフォーメイションが変わって、いつもの体制になりました。

歌声は変わらずに繊細です。

 

そのあとモーコアが今年10月にアメリカ公演に行くと話になり、そのためのレパートリーとして「アメイジング・グレイス」などを紹介しました。10月から12月・・・と聞こえたんですけれど、公式にはまだ国内の予定しか載ってないので詳しくはわかりません。

マヌエル先生のピアノを初めて聴いたわけです・・・・・マノロ先生よりは正統派です。笑 ジャズっぽいの上手でした。もしかクラシックよりもそういうほうが弾きなれてる感じがします。

そんなマヌエル先生のピアノ伴奏で歌われたのが、アメイジング・グレイスでした。私はboysの声の透明感を生かし、ソロもありがいいと思うのですが、そうではなかったですね。メリハリがもうひとつ少なかった印象です。

 

次の曲は「Donkey Riding」セットリストによれば、カナダの船乗りの歌だそうで、ちょっとユーモラスなのらしい。

客席にはアメリカ大陸圏内の方もいたでしょうね。口笛鳴らしたり、声をかけたりで受けていました。ジヌクの声がよく聞こえた。彼は声量がすごくあります。体もまた大きくなった。

思うに日本ではWSKと言えば、クラシックコンサートという認識で来てる聴衆がほとんどだと思います。そのせいもあり、年齢層もあり、ヒューヒューすることなんてほとんどない。でもこの日のコンサートはそんな印象はなく、スタンダードな曲に気持ちが動けば自然に声かけちゃうリラックスした会場の雰囲気がありました。私は去年南アから帰ったばかりだったせいかつい調子にのって、ハイドンコアのコンサートでブラボーとかヒューとか言っちゃったけど、あれはひんしゅくだったのかな・・・ 

 

次は「Peixe vivo」 これはドイツ語のサブタイトルがMunterer Fisch ・・・「元気な魚」というブラジルの童謡だそうです。

これもツアーのレパートリーですね。ブラジルも行くんだ!
アカペラコーラスでアレンジがよかったです。この合唱がモーツァルトコアの神髄です。元唄を知らないのですが、これが童謡なのと思うくらい素敵な演奏でした。

 

そして「コンドルは飛んでいく」では、ハイドンコアを思い出します。アカペラでハミングが素敵なんですね。でもコーダイ君が歌ったようなぐっと心をつかまれるパートはなく、短めあっさり歌い終えました。ハイドンのとき、どこでコーダイ君の出番あったかなあ? オブリガートだったよね。それを期待して・・・まだ続くかと思っていたら終わってしまったです。よく知っている曲なだけに物足りなさが残りました。

 

そのあと懐かしい曲がありました。日本ツアーのとき、両手をこすりながら声以外のからだ中の部分を使って音をだす曲がありましたね。

「クラホ族の3つの歌」です。YouTubeにもあったので貼ります。

このときみんな楽しそうでした。とくにアルトのあたり。ミケ&アンジェロやイェトミール、ジュリアン・・・いつも笑わないイメージのメンバーが、ニッコニコでした。ステップに腰かけて珍しい楽器を演奏しながら、隣り同志で笑っていたり、ミルコはこっちをよく見るし、今日がモーコア単独最後のコンサートだから? もうじき夏休みだから?

 

こういうパフォーマンスも客席は声をかけて喜んでいました。

 

 

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次はオーストリア民謡が続きました。

ピアノ伴奏は装飾的な指捌きが時々あって、トラディショナルだけど新しさも感じさせるアレンジです。モーコアのハーモニーは何か他のものと比較できないよね。繊細で優しくて、やっぱり好きだな。優しいというのは音楽的な評価をする言葉ではないかもしれないですが、本当に個人的な感性の問題ですから、イコール誉め言葉にはならない。でもそんな印象のある歌声が彼らの素敵な個性です。安らぎや救いを表現するために歌っているのではないけれど、私はそれを感じて受け止めていました。

 

送るのはやはり寂しいですね。これは大人の感傷です。送られた子どもたちは今ごろ夏休みで、帰省する子もいれば海外に飛ぶ子もいて絶好調です。センチメンタルな14歳なんているわけない。

 

第一部の最後はシュタイアーマルクの歌で、定番のレパートリーです。
「Und wanns amal schen aper wird」「雪が消えされば、太陽が顔をだす」というタイトルで、日本のコンサートではほぼ踊るやつです。これはかなり勢いよく行進曲みたいだった。boysは踊らなかったけど会場も手拍子で湧きました。ホイリゲとか祭りでノリノリになる歌なんでしょうね。マヌエル先生は南チロル出身で元テルツのボイトレなので、南ドイツ的このノリは得意かもしれない。

民謡はYouTubeで検索しても、WSKの演奏とかなりちがっていて、あれ?こんな脳天気な歌じゃないと思ったりします。言い方を変えれば、よくこれだけ素敵に情緒たっぷりの歌にできますねというくらい、WSKのアレンジは少年合唱の粋を極めています。

 

前半にやったアメリカの曲よりも、この日は民謡のほうが私は好きでした。思い出したのは2017年に来日したときの歌で「ひとりぼっち」
ドイツ語タイトルはVerlåssn bin i  あれはきれいでしたね。覚えていますか? 

もう一度聴きたかったなぁ・・・

 

なんか自分は、このタイトルとこの歌が今すごく身にこたえます。

 

 

 

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プログラムは有料でした。90セント

 

休憩中にセットリストを見て、第二部の曲目を確かめました。「アヴェベルムがある」と友人が言います。カイザーワルツァーもある、フォーエバーも! 青きドナウも! これは嬉しかったですね。これまで聴き続けたコアの4年生が卒業する前に歌ってくれる「アヴェベルム・コルプス」いったいどんな気持ちで聴けばいいんだろう? カイザーワルツァーは、モーコアの絶対と言ってもいいレパートリーです。それにドナウもまた、最後のコンサートには聴きたい曲でした。

 

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第二部はオケが入るので、楽器の調整で開演前からステージから音が聞こえていました。Camerata schulz Wien というオーケストラ。以前に動画で見たMuThのステージでは、オケが前に座り合唱団はその後ろに立っていました。なので姿が見づらかったのです。

でもこの日のステージはboysが立つステップがオケよりも手前に置いてありました。ということは、死角はできないということです。やった!と密かに喜びます。これがマヌエル先生の方針なら万歳です。boysメインに考えてもらってるということ。だってこれは、boysのコンサートです。オケは共演という存在なのです。

第二部は弦楽器の柔らかな音色で始まりました。曲はモーツァルトのシンフォニー№29ホ長調K201から。YouTubeにちょうどありました。

心の準備にはぴったりの選曲だと思いませんか?美しくてわくわくする曲調です。

 

 

楽器演奏が終わり、いよいよboysの登場です。左の袖から現れたboysが隊列に並びました。

 

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ミヒャエル・ハイドンのミサ曲のソリは、ヤコブ、ヴァレンティン、ちびジュリアンでした。

夢にも考えなかったヤコブのソロでした。これでおしまいだよと、神様がおっしゃっているのか、ここまでよくやったからご褒美だよとおっしゃているのか、どちらでしょうね? 

ヤコブのソロ、本当にきれいでした。彼の声が持つ楚々とした美しさと晴れやかさがミヒャエル・ハイドンの曲調にあっていて、年少の2人よりやはり音も確かで声量もありました。ヴァレンティンはこれから経験を積んで自信をつけて上手になっていくと思います。高音のファルセットが良く伸びるので期待大ですね。

ちびジュリはアルト、ヴァレンティンはメゾ、ヤコブが声質も一番高かったです。2年前に一度だけきいた天性の声はむしろ素朴な原石だったけど、最後に絹のようになめらかな輝きのある声になりましたね。

所詮一介のファンに過ぎないのですが、応援するものとして今も誇りに思っています。これからもその気持ちが変わることはないでしょう。

 

次の演奏では若い先生らしい珍しい展開がありました。

曲はバッハでしたが、デュエットとして韓国出身のヨーゼフ(Hyunseo君)とマヌエル先生が歌うというのです。MCで自分歌いますと照れながら言っていましたが、案外まだ現役気質があるのかなとも思います。今後ルイス先生やオリバー先生のようにウィーンジンクアカデミーで歌うかもですね。

マニフィカートBWV243より 第6曲「Et Misericordia」アルトとテナーのための曲です。

ヨーゼフはもともとハイソプラノではなく、来日時も陰りを感じさせる声でした。チムチムチェリーのソロが印象的でしたね。今はアルトトップとして歌っています。ファルセットではなく地声の部分で良いアルトの持ち主で、太い声ではなくメゾに近いアルトです。高音が多少弱くなりがちでしたが、マヌエル先生のテナーとの相性は良かったですね。先生は良いお声でした。 歌いたい人なんですね。

オケの弦楽器が加わるとピアノ伴奏とは違った深い音が生まれます。トマーナのマタイを聞いたときのことを思い出させるバッハでした。

モーコアの来日プログラムを見ながら書いていますが、マニフィカートは2017年にも演奏されていました。その時は第10曲のSuscepit Israelでした。これからもバッハを歌ってください。

 

 

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アヴェベルム・コルプス、オーケストラ、ウィーン少年合唱団・・・それは日本ツアーではおそらくあり得ないこと。知っている限りで1955年の初来日と1989年のコルスとの共演との2回につきます。ウィーンでこれを聴ける歓びは言葉になりません。

胸が熱くなりました。廻り道の何十年でした。でも私は確かにここにいる。

 

 

 
再生回数の多いのはハラー指揮の録音が多い。これは60年代グロスマン指揮(おそらく1963年)
ave の aの第一声がちがいました。

 

そして、カイザーワルツァー。以前私は「皇帝円舞曲」と言っていました。でもルイス先生の「Kaizerwalzer」という声が耳に残って消えないので、今ではそう言っています。オーケストラの前奏が始まると、俄然思い浮かべる映画「美しく青きドナウ」のオープニング。
最後にチェロのたおやかな演奏のあと、boysの歌が始まりました。

オブリガートはヴァレンティンでした。・・・思い出せず友人に確かめました。来日のときはイェトミール、その後ファンビアンが歌っていたこともありました。今回はバレンティンで、まだちょっと迫力に欠けますが、きっとこれから体も大きくなって次代の素晴らしいソリストになることでしょう。2年後に日本に来ますよ!

それから「水兵のポルカ」 「美しく青きドナウ」 ドナウのワルツはレコードやCDでは、オーケストラとの演奏のほうが普通ですね。やはり弦楽器が入ると優雅さが倍増します。モーコアのハーモニーは、特に高音は今も、60年代70年代の響きを感じさせてくれます。

ひとつ残念だったのは、いつもソリで歌うパート、Das Schifflein fährt auf den Wellen so sacht,   Still ist die Nacht, die Liebe nur wacht,  Der Schiffer flüstert der Liebsten ins Ohr,  Daß längst schon sein Herz sie erkor. ・・・・・ここが、歌ではなく楽器だけで演奏されてしまったこと。

ソプラノ2人とアルト1人、誰が歌うだろう? それが楽器だけでやられたときには拍子抜けしてしまいました。え~っ、どうして! あれは聴きどころだったのに。

 

 
2018年2月16日 スペイン             イェトミールとフェリックスが歌っている

 

For Everポルカの前に、またひとしきりCDの宣伝がありました。販売促進です。笑

アンコールは「山賊のポルカ」・・・弾むようなオケの打楽器やブラスの音に後押しされ、明るく陽気な終幕となりました。

 

 

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最後のコンサートは、もっと悲しくなるかと思っていたのですが、アヴェベルム以外は目頭が熱くなることもなく、半年ぶりに聴くモーツァルトコアの歌にすっかり引き込まれていました。嬉しくて楽しくて、それに日曜ミサでまた聴けるという油断もあって、時間は戻らないということを忘れていました。

でもこうして思い出すと、あの時間に戻りたい。過ぎ去った時間の分だけ思い出は深くなります。時間をリセットできませんか?

 

 

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コンサートのあと、boysは校舎に戻らず足早に正門を出て去っていきました。まがった方向には駅がありますが、どこに行ったのかはわかりませんでした。ラストコンサートのあと、レストランでも行ったのでしょうか。

あっけにとられた私たちは、その場にいてもどうしようもないので、予定通りにハードロックカフェに行って食事をとることにしました。

「まさか、いないよね。」  はい!ハードロックカフェにモーツァルトコアはいませんでした。

 

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