« ”兵隊さんと一緒” でした。 | トップページ | 優しい子守歌がありました。 "Thula Baba" »

2014年10月20日 (月)

教科書から消える名曲

昨日の「題名のない音楽会」は、教科書から消えて行った名曲を取り上げていました。

どういった曲が消えたか。・・・ざっくり言えば、安田姉妹が歌っているような唱歌ですね。

明治時代、音楽教育創世記の頃、教科書を作るにも日本には子供が歌えるような歌がなかった。それで、欧米の民謡や童謡などの歌詞を訳して(あるいは作詞して?)、教科書に掲載しました。それゆえ文語調の歌詞も多いのだそうです。

「蛍の光」「庭の千草」「埴生の宿」・・・日本の歌かと思っていたら、イギリスの歌だったという曲ありますね。

言葉が古いから歌わない、教えないというのも寂しい気がします。私は今だに「埴生の宿」の一つ一つの言葉をかみしめたことはないけど、♪おお、わが宿よ だけで歌の気持ちは伝わるのじゃないかと思います。

「ビルマの竪琴」やアニメの「火垂るの墓」を見たときに、「埴生の宿」を知っていようといまいと、感動に変わりはないかもしれないけれど、この曲を使う意味は、歌の中にこそあるのでは?

テレビの画面をぱっと見た印象ですが、1960年代と今とでは曲数が半分以下に減っていたみたい。ゆとり教育で時間が減ったからなのだそうですが、なんだかなあ、意味分かんないですよ。海外の曲が減ったのは、日本独自の曲が増えたからですって。

音楽鑑賞はどうなんでしょうね。小学生の時の音楽の教師が熱心な人でした。ウィーン少のレコードも聞かせてくれました。

特に印象深い曲が二つあります。バッハの「フーガト短調}(小フーガ)と、チャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」 先生曰く、「す~んばらしい、美しい曲なんです」 それがアンダンテ・カンタービレでした。

歌の中では、「灯台守り」や「冬の星座」「星の世界」が好きでした。当時教わった歌は二部合唱が多く、下のパートは今でも覚えています。教科書のほかに、補助教材として新書版の歌集があり、そこにもたくさんの歌がありました。 「風」が大好きでした。ロセッティの詩を西條八十が訳詞したものです。旋律が素敵なの。大正時代の歌ですよ!

ジブリの「風立ちぬ」で使われていたので嬉しかったです。

♪ 誰が風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど木の葉をふるわせて 風は通りぬけてゆく ♪

「風」という歌を知っていたから、あの予告編は鮮烈でした。

ダンスが必修になるのも良いし、ポップスやヒップホップも楽しい。自分もフォークやロックやレゲエ・・・なんかいろいろ聞いてきました。

でも美しい唱歌はこの国から、そして人の心から消えないでほしい。

今でも教科書に載っているらしい 「浜辺の歌」 カナダの合唱団が日本語で歌っています。

1983年来日組の「浜辺の歌」 アンコールなので他に「さくら」と「美しく青きドナウ」も。

|

« ”兵隊さんと一緒” でした。 | トップページ | 優しい子守歌がありました。 "Thula Baba" »

音楽」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
とっても良い内容の日記で「そうそう・・」と頷きながら拝読させて頂きました。

「みんなの歌」からして、今は随分曲が変わってきましたね。懐かしい歌をリクエストできるサイトがありました。
私は、西六郷の「勇気の歌」とN児の岩崎進君の「峠の我が家」が聴きたいです。
http://cgi2.nhk.or.jp/minna/sch/index.cgi

さて・・・幼児教育の世界でも「こどもらしい歌」が減ってきました。お遊戯会や運動会では、以前は「子どもの歌」って印象のお遊戯や音楽を使っていましたが、今は「AKB48」とか「ジャニーズ」の歌に合わせて踊らせていることが多いですね。正直、これらの歌はどこでも聴ける。でも幼児時代にしか聴くことが(歌うことが)出来ない子どもの歌や昔からの歌が子どもたちの世界からも消えています。
増して、お母様たちも「ジャニーズファン」だったりして、結果「クラシック」や「子どもの歌」を知らないままに大人になってしまうのかなぁ・・・と寂しい気持ちです。
かつても72年ウィーンの「小さい秋みつけた(春だったのに)」で日本の秋の歌の良さを再確認しました。
同じく「知床旅情」も歌っていたのですが、難しい日本語をしっかり情緒豊かに歌っていて感動したものです。

勿論、世界の歌も良いですが・・・私も日本の歌を、懐かしい歌は歌い続けて欲しい。聴き続けてほしいと願っている一人です。

投稿: natal | 2014年10月22日 (水) 22時33分

そうなんです。

アナ雪だけじゃなく、すべての年代の人々が口ずさめる歌を残してもらいたいと思ってしまうんです。

「みんなのうた」のリクエスト情報、おしえて頂きありがとう。早速リクエストしました。

私の思い出は東京少年少女合唱団の「まきばのこうし」
あのソロが聴きたい。

題名のない音楽会では岩谷時子さんの詞で「峠のわが家」を歌っていました。
でも私が覚えているのは、こんなでした。↓

 ♪吹きわたる~ みどりの風~さわやかな峠には~ ふりそそぐ日の光と はてしない青空~

詞は何通りかある場合もあるんですね。

投稿: maa | 2014年10月23日 (木) 23時36分

maa様
先日は優しい言葉をありがとうございました。
Ponkoさんのブログを通してmaaさんとお近づきになれて、過去ばかり追っている私の話もこうして聞いていただけている事に感謝しています。
思い出と言えば、maaさんも唱歌を大事に思っていらっしゃるお一人だと 今日はこうしてちょっと前のお部屋にお邪魔してしまいました。
maaさんの事 今年が童謡100年に当たる年だとご存知の事と思います。私達が幼い頃から慣れ親しんだ童謡・唱歌が生まれるきっかけになった「赤い鳥」が発刊されてこの7月で100年を迎えたと言うことで童謡や唱歌をこれからも伝え残していこうと言う活動が活発に催されていますね。幸いな事にこの行事の一つの講習会と演奏会にご招待頂き、その時を楽しみにしている所です。講師は三代目海沼実さん 演奏は音羽ゆりかご会だそうです。海沼実さんと言えば 幼い頃 母に教えてもらった可愛い童謡の数々の作者。初め三代目とついたお名前にどこかの男性グループの名前みたい!なんて思ってしまったんですがお孫さんでいらっしゃるとの事でどんなお話を聞かせていただけるのか、どんな童謡や唱歌が聞けるのかと心弾みます。
残念な事に 今、日本で童謡や唱歌を口ずさんでいるのを聞く機会が少なくなりましたね。このお部屋でmaaさんがお話しなさっている事 改めて考えてしまった今日でした。

投稿: ek | 2018年8月14日 (火) 11時56分

ekさま
随分前に書いた記事ですが、良く覚えています。
音羽ゆりかご会、懐かしいですね。私の歌の始まりは父が買ってくれた童謡レコードとソノシートでした。厚ぼったくてきれいな絵がプリントされたレコードは、78回転だったかもしれません。川田なんとかって女の子の名前と写真がありました。ですが、それより東京少年少女合唱隊だったか?・・・定かではありませんが、「荒城の月」を歌った録音が大好きでした。他には「浜千鳥」や「砂山」、なんだかマイナーコードの曲が子どもの頃から好きだったみたい。笑

今年は童謡生誕100年だったのですね。私はekさんが思うよりよっぽど軽薄な人間です。ただ音楽のことは素人ですが、どちらかというと絵が好きで、若いころに児童文学や絵本に関わったことがありました。児童文学作家を目指す友人もおりました。「赤い鳥」は児童文芸の方向から、知っておりました。新見南吉さん、いいですね。
白秋の詩が懐かしくなり、本棚から昔買った復刻版の「トンボの眼玉」という詩集を引っ張り出しました。
雨がふります、雨がふる・・・とか、大正時代の復刻なので、挿絵が大正モダニズムという感じで素敵です。ちょっとこれからときたま読んでみようかなという気持ちになっています。
ekさんもコンサートお楽しみ下さいね。改めて日本の歌と美しい日本語が見直されることを期待しています。

投稿: maa | 2018年8月14日 (火) 23時26分

maa様
今日は素敵なmaaさんを知る事が出来て興奮しています!
私の突然のお部屋への乱入に対して、素敵なお話をしてくださってありがとうございます!
maaさんが絵がお好きで児童文学や絵本に関わるお仕事をなさっていらしたなんて…! 素敵です!
新見南吉さん、ごんぎつねですね。大好きなお話です。
白秋さんのトンボの眼玉、この道はいつか来た道~♪ (心の中で歌ってしまいました)彼の作品には哀愁にあふれた素敵な詩が沢山ありますね。
マイナートーンの曲がお好きだとの事、私も同じです。もちろん 明るい楽しい歌も好きですが、日本の音が感じられる気がします。
maaさんがおっしゃった「日本語を見直す」って事 先月実感しました。友人の在籍している女声合唱団の演奏会でブラームスの曲集を歌ったのですが、指揮者の先生が訳された日本語での演奏だったのです。ドイツ語での演奏は耳に馴染みがありましたが、その時はブラームスが完全に日本の歌曲のように感じてしまって別の意味で感動を覚えました。言葉の持つ重要性 伝える言葉の力を感じて、演奏会後 思わず先生に「なんだか初めてブラームスのこの曲が心にすっ~と入ってきました」ってお話してしまいました。
曲と詩 絵とお話 それぞれの繋がりで様々な感動を得る事が出来るんですね。maaさんのお話に出て来た白秋さんの「砂山」も山田耕作さんと中山晋平さんの曲では違った印象を受けますものね。
maaさん また素敵なお話してくださいね。

投稿: ek | 2018年8月15日 (水) 21時31分

ekさま

こんなところで「ごんぎつね」が出てくるとは思いませんでした。若い頃の思い出に過ぎないので、語るほどのものでもなく恥ずかしいですが。
日本語の美しさというのは、外国の作品をどうにでも料理できるくらいの力があると思います。特に詩については、好き嫌いを左右されるほど、翻訳に使う言葉は大切ですね。

私たちの少女時代は、雑誌の付録に小さな詩集が付いていることがありませんでしたか?
古い古い詩の翻訳は、例えばヴェルレーヌの「秋の日のヴィオロンのためいきの・・・」これがこの言葉でなかったら、どんなに印象が変わったでしょう? 古いものばかりでなく、比較的新しい詩で、大島弓子さんというマンガ家が作品で引用したエリュアールの「リベルテ」という詩は「ぼくの生徒の日のノートの上に・・・」で始まりました。
この詩は他の翻訳もあるのですが、私はこの翻訳をした安藤次男さんの言葉があって、この詩を大好きになりました。
原語をそのまま理解することは難しいのですが、美しい日本語になった詩は、変わらずに生き続けます。詩の世界に「死語」なんてないとさえ思います。

ブラームスがどんなふうに仕上がったのか想像ができませんけれど、歌い手が感じたことは、きっと聞き手にも届いたでしょうね。そういえば、中学生のときブラームスの「眠りの精」をコーラス部で歌いました。「 声をばひそめて 枝はさやぐ 眠れ 眠れ 眠れわが子よ 」 懐かしいです。

投稿: maa | 2018年8月16日 (木) 19時45分

「落葉」ですね。
あのヴェルレーヌの訳詩に「鐘の音に 胸ふさぎ 色かえて涙ぐむ 過ぎし日の思い出」って一節がありましたよね?
maaさん この暑い夏の日にちょっとロマンティックなちょっと寂しげな それでいて優しい調べを感じさせていただける素敵な詩を思い出させてくださってありがとうございます。 まさに今の私の心のような…。
確かにこの訳は素晴らしいと思います。ヴァイオリンをヴィオロンとした最初からもうこの訳の世界が柔らかなそれで切なく、音色がため息のように心に鳴り響いてきましたよね。
そう、私達も小中学生の頃は外国の歌曲も(シューベルトもメンデルスゾーンも)日本語の歌詞で歌いました。英語すら初歩の私達ドイツ語の歌詞で聴くきっかけをWSKなどの来日合唱団によって与えてもらい、その曲の持つ違った感動を受ける事が出来ました。
maaさんのこのお部屋の話題のように、昔出会えた童謡・唱歌・そして絵本や詩 大切にしていきたいですね。

投稿: ek | 2018年8月16日 (木) 21時34分

日本は、誰もが歌える歌ができてから、まだ100年しかたっていないんですよね。
ドイツの少年合唱団が伝統的な学生歌などを歌っているのがYouTubeで流れると、今の子どもたちにとっては古い歌なのでしょうけれど、ドイツでは今も普通に歌われているのかしらと思いほっとします。世界の国々で、残してほしい歌はたくさんあり、歌い続ける合唱団がいてくれるのは嬉しいことですね。

投稿: maa | 2018年8月18日 (土) 01時51分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ”兵隊さんと一緒” でした。 | トップページ | 優しい子守歌がありました。 "Thula Baba" »