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2016年1月23日 (土)

トマーナを聴かなければ

・・・と思っています。実は敷居が高い。

ですがマタイを初めて聴きに行くので、それまでに予習をしておきたいと思っています。前回の来日のときは、仕事と家の都合でどうしても行くことができませんでした。その前確かクロイツのマタイもあったと思いますが、受難曲の演奏シーズンは私自身も受難というか年度末の辛い時期で、コンサートに行くのはあきらめていました。

そこから解放されて、今年とても楽しみにしています。

しかもミューザではマチネでもあり、前日の東京芸術劇場公演にも夢倶楽部の招待で行かれることになりました。

夢倶楽部では席は選べませんが、戦々恐々と眉間にしわを寄せてチケット取りをしている状況から離れ、どうぞこの席へ・・・という流れに身をまかせて演奏を聴こうではないかと思っています。

なぜにトマーナコアは敷居が高いかというと、答えは一つ。バッハです。

バッハのすべてを敬遠しているわけではないのですが、トマーナのイメージが崇高で優等で、自分のように可愛く軟いところで少年合唱を聴いている人には、かなりの難関なのです。

絶対受からない東大みたいな感じです。

Img174

年末にファン友さんからテレビ放送の録画DVDを借りました。BS・NHKでやったトマーナの寮生活の一年間と、聖トーマス教会でのマタイのライブです。

それは早々にお返ししたのですが、今新たに寮生活のDVD(市販されているもので、内容はテレビ放送と同じ)を別の方から借りています。

それを見て少し近づきました。東大→ 早稲田 くらいには身近になりました。

団員の中には集中力に欠けてしまう子もいるようですし、監督係で風紀委員みたいな立場の上級生に反抗的になってしまう子もいる。普通の子供たちでした。

上位50人の中に入らなければ、海外公演には参加できないのですね。

このドキュメンタリーでは南米公演が取り上げられていました。ドーム型の会場はバルコニー席が5層にもなっているすごいホールです。日本にはこんなホールはないですね。

当時の指揮者だったビラー氏が、演奏の直前に団員たちに諭すシーンがあります。

・ 子音をはっきりと発音して皆に聞こえるように歌うこと

・ 聴衆の顔を見て何を歌っているか伝わるように歌うこと

・ ミサの中に凝縮された人生の大切なことは、信者である人にとっても、そうでない人にとっても同じで、力強く、悲しく、しかし心温まるものである。

・表情も大切です。聴衆が見たい表情は、歌に合わない表情ではなく歌と同じもの。

要約するとこんな内容ですが、勿論先生の話を真剣に聞いていない子もいるのでしょうけれど、そうやって演奏会に臨む姿には心を打たれます。自分たちの役目を生徒たちが自覚するよう促しているんですね。

また参加できなかった団員たちも複雑な気持ちでいます。

そんな様子を見ていると、聞きに行く側の自分も何の用意もなく行っては申し訳ないわけです。

私にとってはマタイもヨハネも60年代のウィーン少の録音がすべてででしたが、対訳まではちゃんと読んでいないし、これから少しずつ準備をしていかなくちゃ。

昨年トマーナコアのマタイのCDを購入しました。。元ウィーン少のヨハネス・クムさん(78年のヨハネス・ブラインシュタイン)が福音史家を演じているので買ってみました。

2000録音(2010年プレス、2009年4月ライブ録音の誤りでした。訂正させて頂きます)なのでそんなに新しくはないですが、60年代よりはかなり新作です。まずはここから・・・です。

寮生活のビデオの中で一番好きなシーンはクリスマス。

ライプチヒの町に出て、一般市民の住宅の前で数人の生徒たちが歌うのです。クリスマスの夜の習慣だそうです。

DVDを貸してくれたファン友さんが、「ライプチヒに住みたいと思った」と言ってました。

自分のアパートの窓の下で、玄関の前で、少年たちがクリスマスキャロルを歌ってくれるなんて、少なくとも私の人生には100%やってこない風景です。

その映像を見ているだけでも、温かい気持ちになりました。

生徒たちは市からお小遣い40ユーロ、本代35ユーロが支給されるそうです。自分たちで皆のプレゼントを用意し、それがクリスマスにはテーブルの上に山積みになっています。

静かで楽しいロマンチックなクリスマスだと、インタビューに答える生徒。

なかなか素敵なビデオでした。

さて、今日の動画は最近のものです。ビラー氏がやめられて、今はゴットホルト・シュヴァルツ氏が指揮をされています。

旧東独出身でドイツを代表する指揮者のクルト・マズア氏が昨年12月に永眠されました。その葬儀が1月14日にトーマス教会で行われたときのものです。

バッハを敬遠すると書きましたが、バッハ砦の入り口を少し開けてくれたのは、実はテルツ少年合唱団でした。4年前の夏に聴いたバッハのモテットは、雷で打たれたような衝撃だったのです。

いくつかの合唱団のモテットを当時聴き比べてみましたが、テルツは異色かもしれない。でもバッハのCDが私の棚にも並ぶようになったのは、テルツの功績といえましょう。

この動画の曲は、テルツのコンサートでも聴いたモテットの一つで、BWV226番

H29.9.1 追記: 動画は再生ができなくなっていましたので、この画面からも削除しました。

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ドイツ・オーストリアの合唱団」カテゴリの記事

コメント

最近、ご無沙汰でした・・・なぜかmaaさんのブログ、なかなか開かないの。時々エラーが出たりして(悲)。

でも、トマーナ話題、私、20代のころ(そう独身だった)東京まで聴きに行きました。
荘厳というか、確かに私みたいな「何でもホイ」のリスナーには格調高すぎか?とも思いましたが、聴きこなしました。でも、あまり覚えていない(はるか昔のことだからですが)。
でも、聴くチャンスがあれば、なんでもホイで聴いた方が良いですよね(トマーナを何でもホイ!なんていったらお叱りを受けるでしょうが)楽しみですね。

ところで、78年のWSKヨハネス・ブラインシュタインについては、彼のことは良く覚えているんですよ。
オペレッタなどでも。正直、WSK当時は、そんなに実力を感じなかったので、クラシック歌手になって驚きだった。

いずれにしても、貴重なコンサート楽しんで来てください。

投稿: natal | 2016年1月24日 (日) 16時36分

natalさん こんにちは
なんでもホイという姿勢は大切だと思います。CDとは違うことも多いし、いやCDは録音によっても印象がちがうので、可能な限り生で聞きたいものです。
natalさんがドラキーズと巡り合ったのも、いろいろ聞いていたうちの一つが、ドカーンとストライクだったのですよね。一期一会だわ!
78年のオペレッタ動画をまた見ちゃいましたよ。ヨハネス・クム(旧ブラウンシュタイン)さんはおとなしく感じるね。なにしろ親方とミッチーが強烈だったから。ヴィルトさんもWSKを背負ってたつような人になるとは思えない(笑)
ここのブログは重いのかも知れません。自分でも開くときすごく時間がかかってエラーかと思います。申し訳ないです。これに懲りずよろしくです。

投稿: maa | 2016年1月25日 (月) 12時14分

素敵なレビューありがとうございます(^^)まさに僕の考えと一緒で、東大なども例えも「そうそう!」と頷けるところばかりです。自分は好きだけど、少年合唱ファンの友人でも気軽には誘えないですね。
僕もテルツの影響でバッハのモテットやミサ曲などの宗教音楽に興味を持ち始めました。日本ではなかなか聴く機会がないのが残念です。
トマーナのマタイはサントリーホールと兵庫公演に行く予定なのでとても楽しみです!

投稿: キンゴジュ | 2016年1月25日 (月) 22時05分

キンゴジュさん こんにちは 風邪は大丈夫ですか? 2回聴きに行かれるんですね!
トマーナは合唱団の中でも、やはり特別な存在です。WSKとかって、マノロ先生も「ショーです」と仰ってる。私も時に泣かされながら、楽しいほうがいいって思います。
でも受難曲はショーじゃない。会場はコンサートホールだけど、やはりあらたまった思いがありますね。
まあ、こんなカッコイイこと言っても、実際は眠くなると思いますが。リベラでも一度は睡魔と闘うmaaさんでありますから、長丁場のマタイでずっと姿勢正しく聞いていられるか、正直言って自信がありません。
私はとにかく軟い人間ですが、きっと良い経験になると思っています。ビラー氏の指揮で聴くことがきない、それが少々残念です。コメントありがとうございました。

投稿: maa | 2016年1月25日 (月) 23時20分

トマーナファンの○○様
コメントを公開にしていいのかどうか、ちょっと不安があり、今は一方的にご返事を書いてしまっています。
当地でのお話とても感動しました。そのような方がこんな適当なブログを読んで頂き恐縮しています。
発行年の2010を2000と見間違えてしまったようです。でもライナーノートにはちゃんと録音年や場所も記載されており、そこまで見ていませんでした。確認不足ですね。ごめんなさい。
返ってご心配をかけてしまったような気がします。こちらはおおざっぱな人間ですので、またお尋ね頂けたら嬉しいです。ありがとうございました。

投稿: maa | 2016年1月28日 (木) 02時08分

maa様
先日はありがとうございました。
今日はトマーナのお部屋にお邪魔させていただきます。
ここにも懐かしい方々のお名前が。
Ponkoさんの所でお話させていただいている旅行での事です。あちらはウィーン中心でお話させていただいておりますが、ライプチヒ訪問はあの時に団員だった友に会う旅でもありました。その友人達に案内していただいて彼等の当時の宿舎も訪問する事が出来ました。お休み中でしたので団員はいなかったのですが、当時指揮者だったロッチュさんにお会いしました。
後日、別の場所で、プレフェクトだったビラーさんやシュバルツさんにもお会いしました。先輩・後輩の会話が愉快でした。
残念ながら、学校がお休みでしたのでトマーナの歌声は聞けないなって諦めていたんですが、滞在中のある日、教会近くを友人達と歩いていると…歌声が…急いで教会の中に入ると結婚式が執り行われていました。そこで歌っていたのが、近郊に住む団員達でした。メンバーの中に友人のお兄様も加わっていました。
私達のお相手をしてくれていた友人達には、結婚式のお話は気をきかせてなさっていなかったのです。
幸いにも、少人数の聖歌隊でしたが、本来の教会聖歌隊を聴かせていただけたのです。もうドキドキでした。本当に沢山の一生忘れ得ぬ感動や思い出をいただきました。
翌年、トマーナは初来日しました。幸いな事に、友人達もメンバーの一員でした。
その数十年後 私達は幸運にもビラーさんの指揮であのトーマス教会でバッハを歌う素晴らしい機会を頂きました。
トマーナは夏休み中でしたが(笑)、今度は聴きに来ていただいた方々の中に、近郊に住む団員達が聴衆者として座わっていてくださいました。
maaさんにいつかバッハと私の話(バッハさんにお会いした訳ではありませんが(笑))、トマーナとの関わり、ビラーさんやペッツェルトさん、シュバルツさん達とのお話もさせていただきたいな。

投稿: ek | 2017年5月25日 (木) 12時37分

ek様
バッハを歌われた! まずそこに驚きました。
トマーナ ← 少年合唱の東大という、なんと短絡的な思考と思われたことでしょうね。穴があったら入りたい気持ちです。
でも本当にそれくらい知識がなく、甘いものしか聴いていないのが現状でした。
ekさんが旅をされた時代、ビラーさんやシュバルツさんがプレフェクトだったんですね。歴史を感じます。またそういった方が合唱団とともに人生を過ごされ、後年指揮者となるという経緯には感心します。
教会の近くを歩いていたら聖歌隊の歌声が!という、信じられないような出来ごとに、トマーナがライプチヒとともにあることを感じます。行く先々での出会いは、ekさんが目的を持って限られた時間の中でお友達を訪ね歩いた結果ですね。
自分など井の中の蛙ですので、貴重なご経験をこちらに書いて頂き嬉しいです。
バッハのお話、いつか伺えたらと思います。

投稿: maa | 2017年5月25日 (木) 19時49分

maaさん
またまたお邪魔いたします。
来日中のWSKは今日も大阪で多くの方々を魅了させる事でしょうね。
私の大切な天使さんは1966年アメリカに演奏旅行に行きましたdelicious。そして翌年 退団したのですweep。彼にとっては最後の大演奏旅行だったと思います。maaさんいろいろありがとうございます。
あらあら、私また違うお部屋のお話をしてしまいました。

そうなんです!トーマス教会で聖歌隊としてのトマーナを聴く事が出来たんです!ご結婚式でしたので、どなたにも祝福していただけるようにとドアが開いていたようです。そこから聞こえてきた微かな歌声に 私 トマーナの友人に「トマーナ?」って尋ねたんです。彼等は結婚式の事は知らなかったので、びっくりしていましたが「トマーナだ!」と。慌ててでも静かに教会内に入り、一緒にお祝いさせていただきました。 トマーナの卒業生の方のお式だったのです。
あの生涯忘れ得ぬ旅行、それに続いてのトマーナ来日に私すっかりバッハに夢中になりました。
(ウィーンの彼はクロイツの事はご存知でしたが…weep)
ちょうど時を好くして友人が在籍していた合唱団の定期演奏会でマタイ受難曲を。聴きに行った翌週には、私、練習に参加していました。
在籍していた20年間で 13曲のカンタータ 6曲のモテット 3曲の小ミサ曲 マニフィカート クリスマス・オラトリオ ロ短調ミサ 3曲の受難曲を歌う機会がありました。バッハの作品をメインしていた合唱団だったからです。
どの作品も私には全くもって難しく、大変な取組でした。(大切な彼からは大いなるエールをいただきました) これが私とバッハさんとの関わりです。
でも、2曲の受難曲には指揮者のご意向で、私には残念な事が…。
でも、素晴らしい経験をさせていただきました。
私ったら、大切な彼に、定演のテープやCD恥ずかしながら送ってしまいました。
彼は「良く出来ましたね。練習の成果が出ていますよ。素晴らしい」って感想くださいました。(まぁ社交辞令の感想だったのでしょう(笑)。

投稿: ek | 2017年5月28日 (日) 09時00分

ek様
ご返事が遅くなり申し訳ございません。
大阪に行っておりました。WSKです。笑

バラ色の頬の天使さんは・・・そうでしたか。アメリカが最後のツアーだったのですね。日本の後はたしかオーストラリアでしたね。在団中いろいろな国に行かれたと思いますが、あの時代の少年たちにとっては、大国アメリカへの旅は格別のものだったことでしょう。

バッハとの出会いのお話。ekさんの行動力に驚きます。私は対訳を片手に理解できないドイツ語を目で追いながら、録音された音源を聴いているだけですが、♪も言語も難しくて到底自分が歌ってみようとは思えません。
20年も続けられたんですね。6曲のモテットの中には勿論BWV229もありますよね? 大好きな曲ですが、初めて聴いたときは、komm komm の繰り返しが頭の中を巡っていたものです。ご自分で歌われるなんて素晴らしいです。
60年代後半から70年代にかけ、本当に素晴らしいバッハの録音がWSKにもありますね。天使さんもきっと当時歌われていたのでしょう。ekさんの思い出を伺うと、心が温かくなります。

今日気づいたのですが、ponkoさんもご存じの方から、ekさんにあててポズナンの思い出のコメントが入っておりました。69年の来日記念盤レコードの音を、動画サイトにアップしてくださった方です。私はかたわらでダンボの耳で聞かせて頂きますので、懐かしいお話しをどうぞ!

ポズナンの来日記念盤の録音はこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=uWPLwOfhcpw&t=604s

投稿: maa | 2017年5月30日 (火) 02時26分

maaさん
お帰りなさ~い。大阪でしたか~(笑)。 翌日はリベラ?凄い!連日脱帽です。でも、きっと素敵な時間をお過ごしだった事でしょう。

Komm! Komm! Komm! komm! Jesu,Komm! Jesu,Komm!…
ドッペル作品は本当に大変でした。私も大好きな作品です。
はい、BWV225のSingetから 230のLobetまでの6曲のモテットを歌わせていただきました。225 226 229は数回演奏会で歌う機会がありました。
225 226 230のモテットはトーマス教会でも歌わせていただきました。トマーナの友人達を思って、歌いながら涙が止まりませんでした。
あの旅行から20年以上経ってからの事でした。

投稿: ek | 2017年5月30日 (火) 10時07分

 maaさん、わざわざekさんに、私のコメント教えてくれていたのですね。ありがとうございます。

 75年のトーマナコールは、私も行きました。モテットの225と227に、ドイツ歌曲などが歌われてました。私は、227が聞きたくて行ったのですが、とても厳粛で威厳に満ちた響きで、感銘をうけました。85年には、[マタイの受難曲」を聞きました。ビラーさんがキリストで、ドレスデンクロイツ出身の当時最高のエバンゲリストといわれたペーター・シュライヤーの歌声も素晴らしかったです。

 ekさんもしかして、鈴木雅明の合唱団にいらしたのではないですか?違っていたらごめんなさい。でも日本でこれだけのバッハのレパートリーをこなす合唱団て、ここしか思いうかばないんですよね。だったらすごい~!

 ponkoさんもトーマナコールやドレスデンのメンバーと文通していたようなので、お2人は共通するところがたくさんおありですね。多くのひとたちは、ただ青春のひと時をあこがれだけで、終わらせてしまうのですが、お2人は言葉を覚え、かの国まで出かける、勇気と情熱をお持ちです。
ある作家が「私は、そこに山があることに気づいたから、のぼったのです。」と言ってましたが、山に登る努力をした人だけが見られる良い景色を、お2人は、ご覧になったのだと思います。私のような、ものぐさな人間には、できません。
 maaさんが、現在注いでいる合唱団への情熱も私にはまねできません。でも三人の方がこうして、ネットで繋がったことで、私のようなオールドファンが、たくさん集まり、当時の思い出にひたれる場を作ってくださっていることに感謝します。

投稿: ヤマチャン | 2017年6月 1日 (木) 14時52分

ヤマチャン様
わざわざと言うほどでもなく、自分の拙い記事でこんなに多くのコメントを頂き、貴重な経験をお話し下さっているので、パシリでもいいので何かお役に立てないかという気持ちです。

ヤマチャンさんのおっしゃるように、私もただ「憧れ」だけの人間でした。指揮者の方にお手紙なんて考えたこともありませんでしたし、合唱団の団員たちとなんとか文通したいという情熱もありませんでした。最初から無理とあきらめていたのです。この齢になって皆さんのご経験を伺い、自分は何をやっていたんだろうと思います。
私にしてみれば、ヤマチャンさんが当時の歌声を憶えていらしゃる、それだけでも貴重なことなのです。
ヤマチャンさんがアップされたポズナンの来日記念盤ですが、先日偶然ネットで見つけました。もう一つのナイチンゲール(現在のPoznan boys choir)のことで検索しているときに、その中古レコードがヒットしたのです。音の保存状態はイマイチでしたが、ジャケットを手に取りたかったので買えてよかったと思います。

今は67年のパリ木公演プログラムを買うかどうか迷っております。中古店で見つけたのですが、安くはないのでどうしたものか・・・、でも見たいのです。少女雑誌の来日記事を探すより、プログラムのほうが充実しているはず。見たい知りたいと思う気持ちが今の私を支えているので、やはり購入するかなあとお財布と相談中です。

私はミーハーな追っかけです。子どもの頃にできなかったこと、大人になってもしなかったこと、それを今しております。生きているうちに何回サクラを見られるか、何回少年合唱団を聴けるか、数えながらしぶとく聴いております。幸い若い人たちが仲良くしてくれますので、遠くまで足を延ばしても「一人じゃない」という安心感もあります。

ところで、ekさんが在籍していらした合唱団は・・・、そうなのですか? バッハに疎い私ですが、鈴木さんのお名前は存じております。トマーナのマタイを聴いたときに、小学生のような感想文を書いたことを赤面しております(笑)

投稿: maa | 2017年6月 1日 (木) 20時51分

maa様 ヤマちゃん様
私とお話続けてくださってありがとうございます。
トマーナ、ポズナンはウィーン同様 私の心から離れる事はありません。
彼等の歌声から(彼等から)どれだけの力と感動をいただいているか お二人にはもう十分おわかりいただいているものと思います。
残念ながら、私はお二人のご想像のバッハ コレギウムのメンバーではありません。あちらはプロです。
日本には、コレギウムジャパンさん以外にも、バッハをメインにしているアマチュア合唱団があるんですよ(笑)。
でも 自分でもこれだけ書き出してみると凄い挑戦!って思ってしまいました。それも一流のバッハ権威の指揮の下…。
でも、今 歌いなさいって言われても無理ですが。あれだけ厚い楽譜を3時間も持って立って歌うなんて…無理!
もちろんバッハ以外にもモーツアルトもヘンデルもモンテヴェルディ パレストリーナ シュッツ ブルックナー…などなど沢山の作品に挑戦しました。どの方の作品も難しい!

ヤマちゃん様
75年のトマーナはきっと同じホールでご一緒させていたんですね。
彼等は私にとって Wolfgangさんと同じように宝物なんです。彼等の話をしなさいって言われたら、私10年以上話続けていると思います。いえ 永遠に話続けているかもしれません。
ですから この辺にしておかないと…。
ヤマちゃん様 私が聴いた合唱団はPonkoさんのお部屋のmaaさんとのお話(コメント)に書かせていただいています。
いろいろ合唱団の思い出 話せたら楽しいですね。聞かせていただきたいな。あっ!これも永遠に続く話題ですね(笑)。

投稿: ek | 2017年6月 1日 (木) 22時37分

 maaさん、パリ木のパンフレットどうされましたか?30年前の私だったら、迷わず買いましたよ。それにしても高いだなんて、うそでしょう!67年のパリ木が好きだなんて言っているのは私ぐらいですもの。値段交渉してみてもいいんじゃないかしら・・・。maaさんもご存知かと思いますが、nyandaさんという方のブログで、今は少年合唱団関係のものは人気がなくて、底値状態だと教えてもらいました。maaさんが、買わないのなら、私が買ってもいいかなと思っております。手元に「合唱界」があるので、一応それで満足しています。

 ポズナンのレコードもよく見つけましたね。私の宝物のひとつです。youtubeにアップしなかった曲にいいものがあるので、maaさんの耳に届いたのがうれしいです。パリ木の韓国公演で、「エリー」が歌われているのをみつけたときは、うれしかったですね。でもかなり編曲されてましたけど。この曲に関しては、ポズナンのほうが、上ですね。
 ekさんも覚えておいででしょうが、69年のポズナンでは、「ゴンドラの舟歌」やフォスターの「主人は冷たき土の下に」は、大人の男性で、歌われてました。「主人・・・」はハミングコーラス伴奏がわりになっていて、それがまたよかったですね。レコードでは「アベマリア」で聴けますね。レコードには入ってませんが、「昇る太陽祝して賛美歌」という曲もすばらしかった。

 ekさん、様はやめてください。バッハゾリステンではなかったにしても、トーマス教会での演奏を許可されるということは、かなりの実力があったということですね。バッハの権威の指揮者ってどなたですか?
モンテベルディやパレストリーナまで歌ってたなんてすごいですね。そういえばイタリアの合奏団と合唱団で「聖母マリアの夕べの祈り」の公演があるようですね。

投稿: ヤマチャン | 2017年6月 3日 (土) 13時04分

ヤマチャンさん、パリ木のプログラムは2度も注文フォームにいろいろ入力したことがありますが、結局最後の「注文を確定する」まではやってないです(笑) 5000円なんです。5000円なんて、コンサートで横浜川崎埼玉を往復したら、すぐにその金額を超えてしまう。高いといっても比較すれば高いものではないかもしれません。販売元は普通の古本屋なんです。オークションではないのに、値段交渉はありですかね。ヤフオクだと1500円程度にしないと入札されないですが。
本当は当時持っていた少女雑誌を探していて、ようやく見つけたのですが、すでに売約済みでした。

ヤマチャンさんは、Youtubeの1967の映像を見て、日本に来た子がいるかどうか、おわかりになりますか?私はそれが知りたくて、プログラムを買おうかと思った次第です。
https://www.youtube.com/watch?v=KNGOYrVUJoQ

ポズナンのレコードは本当に偶然でした。価格も適正でしたし、迷わず購入しました。音はかなりパチパチするので、業者さんに連絡したところ、レーザー洗浄だったかな?確かそんなような洗浄をしたばかりなので、最初は音がはぜますが、そのうち落ち着きますからと説明を受け、やまちゃんさんの音源を聴けるから、まあいいかと思うことにしました。

投稿: maa | 2017年6月 3日 (土) 22時37分

maaさん
えっ?オークションでパンフレットやプログラムはそんなに高いのですか?
確かにお金には代えられない自分にとっての心の一部としての価値を感ずる物もあるでしょうが…。
夢中になれるものが有ることの幸せ、それが出来る幸せ いつまでも心が健康でいられる第一の糧ですね。
maaさんのエネルギーおすそ分けしていただいています。

ヤマチャンさん
私はもう老体、記憶も途切れ途切れ。
でも ふとした時にパッと歌声や思い出が現れ、私をあの若かりし頃に戻してくれます。
ヤマチャンさんが書いてくださった曲 かすかに記憶にあります。でも…年を重ねるって寂しいですね。
あのエリーをパリ木が歌ったのですか? あのポズナンの歌う「エリ、エリ ラマサバクタニ」叫ぶようで嘆くようでキリストの姿がはっきり浮かび上がって来ます。パリ木の方々はどう歌われたのかな…
私達がご指導いただき、指揮をしてくださった方は、長い間バッハに向き合って来られたあの日のプレフェクトです。(お名前はふせますが、おわかりいただけますでしょうか?)
彼の下で、h-mollそして 3曲の受難曲を歌わせていただきました。素晴らしい財産です。
この演奏を私のウィーンの天使さんに送って聴いていただきました。

投稿: ek | 2017年6月 4日 (日) 08時09分

ek様
10年ぐらい前は、例えば64年組のプログラムなどは1万円を越していた時期もありました。レアなレコードや古いCDも昔は高かったですね。ただオークションですから、たまたま入札する人がいなければ、驚くほど安く買えることもあります。今は欲しがっている人たちにほとんど行き渡ったようで、高値更新されることは少なくなりました。
古本屋さんの場合は、オークションとちがって最初から値段を決めて買い手が現れるのを待ちますから、強気の価格設定をしている場合もあります。
ヤフオクで待つ方が安く買えると思います。でも今そこで売っているとわかってしまうと、待つのがもどかしいというわけです。笑

「エリ、エリ ラマサバクタニ」・・・曲は違いますが、トマーナのマタイを聴いたときのこのシーン、そのあとの「本当に神の子だった」というくだりからエンディングに向かっての感動は忘れもしません。
ポズナンのLPレコードでは、ゲオルギウス・デアクバルトシュという作曲家の作品で収録されています。私はパリ木のことは記憶がとんでいるのでわかりませんが、悲痛な叫びのような曲ですね。

投稿: maa | 2017年6月 4日 (日) 22時11分

maaさん、この動画、現在見られる唯一の67年パリ木です。もちろん来日メンバーわかります。日本には総勢23名でしたので、これより小編成だったようです。ポズナンも本来は70名ぐらいらしいのですが、69年は50名でした。このほかにもうひとつ野外で歌う動画があったのですが、なくなったようです。
 来日直前に声変わりして、来られなくなったソリストと思われる少年が映ってるので、来日前の映像かと思われます。

 ekさん、日本の音楽界のことは詳しくないので、どなたなのかわかりません。ただ古典音楽の評論をよくしていた畑中良輔という方が、そういえば合唱団を率いていたのを思い出しましたが、ちがいますか?

投稿: ヤマチャン | 2017年6月 4日 (日) 23時50分

maaさん
「Wahrlich,dieser ist GottesSohn gewesen.」マタイのあの合唱部分は胸を締め付けられますね。
私達が上手く歌えたかどうかは疑問ですが…。この時 イエスを歌ってくださったヴァイヒェルトさんの「エリ エリ ラマサバクタニ」と歌った事切れる部分 そして 福音史家を歌ってくださったペッツォルトさんのペテロの裏切りの場面の「その時鶏が鳴いた」の後に続く「Und ging heraus und weinete bitterlich」の bitterlichが本当に激しく震えるように悲しげに歌われて、私ステージ上にもかかわらず涙が溢れました。 彼の福音史家は最高です。

64年組のプログラムが1万円?
すごいんですね。
maaさんありがとうございます。69年組のポズナンの来日盤レコードからCDに落としてすぐ聴ける状態になっています。
この盤のエリ 素晴らしいと思います。

投稿: ek | 2017年6月 4日 (日) 23時52分

ヤマチャンさん
わかりにくい書き方してごめんなさい。
指揮してくださったのは前トーマスカントルのビラーさんです。彼の指揮で受難曲では前トマーナの3人もご一緒してくださいました。
前のコメントにあの旅行の時にプレフェクトのビラーさんにお会いした事お話させていただいたものですから、わかりにくい書き方してしまいました。
彼に最初に振っていただいたのはロ短調で、彼がまだソリストだった頃です。
次にロ短調を振っていただいただく事になっていた演奏会の前月 事故にあわれて…。


投稿: ek | 2017年6月 5日 (月) 00時26分

ヤマチャンさん
パリ木の67年プログラムを注文してみました。すぐに買えるかと思ったら、在庫確認中とかでまだ購入には至っておりません。
YTの67年パリ木をご覧になってメンバーがわかるんですね。嬉しいご返事ありがとうございます。この子たちが日本に来たのかもしれないなあと、漠然と思っておりましたが、確かなことを伺って、私自身の空白は少し埋まったような気がします。ウィーン少だけでなく、いろいろな国からやってきた少年合唱団の思い出を自分の言葉でお話できないことが残念ですが、皆さんのコメント本当に感謝しております。
パリ木創立100周年のDVDを私は所持しておりませんが、かなりYT上にアップされているようですね。
もし当時のプログラムが本当に購入できたら、またこちらでご紹介したいと思います。

投稿: maa | 2017年6月 5日 (月) 22時16分

maa様
兼高かおるさんの真似ではありませんが、スペインからアメリカへ…そしてドイツに移って参りました。
コロンバスのお部屋でのmaaさんのメッセージ とても嬉しく拝読いたしました。
私もぜひmaaさんにお会いしたいです。そんな機会が持てたら クリスティアンのお母様に言われたように、聞かせていただきたい事やお話したいことが沢山あるんですもの。1日や2日では話し足りないと思われます(笑)。
そう トマーナとの事は、私にとってウィーンやウィーンの森で受けた幸せな思い出ではなく、深く辛い思い出が沢山あるんです。(あの招聘会社の事だけでなく)もちろん、素晴らしい思い出も沢山いただきました。だからこそ 強い印象が胸に刻まれているのかもしれません。
あの旅行で初めて会った素晴らしいトマーナの友との思い出は今 思い浮かべただけで胸が熱くなって涙がこぼれます。初来日の羽田空港で彼を見つけた時、人目をはばからず二人で泣きました。トマーナがどんな思いを持って来日公演を過ごしていたか…あの時代のあの国からですからね。
いつか maaさんに聞いていただけたらと。
トマーナとの思い出は簡単に文字に出来ないのが辛いです。
彼から言われている言葉 「Kopf hoch!」
いつも思い出しています。

maaさんも私の大好きな「Lascia chio pianga…」がお好きな事 凄く嬉しいです。 今 このコメント書きながら この曲が浮かんできました。

まず maaさんにお会いする機会をいただくには私自身を強くしておかなければ…。

投稿: ek | 2017年8月30日 (水) 23時51分

ek様
身に余るコメントで、どうご返事していいか迷いました。

ekさんがヨーロッパを旅した時代は、日本にとってまだまだ世界は広く、東欧の国々や東ドイツも遠い存在でした。

音楽というキーワードと手紙という形でつながった絆は深いですね。空港で初めて会ったお二人は、その気持ちの強さが同じだったのでしょう。いいお話ですね。

そんなことなど全く知らず、平和に満ちたDVDのお話しか私にはできませんが、今のトマーナで歌っている子どもたちもまた音楽への志は素晴らしい。

かつて「東」と言われていた時代を生きたお友達が日本で感じたこと、ずさんだった招聘元のことなど、長い間寡黙だったekさんですからこのまま胸にしまっておきたいこともあると思います。
ponkoさんのお部屋で当時を知る年代の皆さんと、こんなこともあってネ・・・というくらいの雰囲気で、お話しくださるだけで、能天気な自分には十分すぎるほどです。ファンが協力して当時のトマーナの団員たちの滞在中にしてあげたことは、限りがあるとしても、思春期の子供たちに多くの愛を感じさせたことと思います。

「Kopf hoch!」を、ドイツ語のサイトで探しました。
私もこの言葉を胸に、もうしばらく頑張ろうと思います。きっと、いいことありますよ!

投稿: maa | 2017年9月 2日 (土) 12時03分

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