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2017年4月 7日 (金)

ポズナン・ナイチンゲールのクリスマスアルバム

桜の季節ですが、クリスマスの曲の話題です。思いついた・・・と言うか、問題が解決したときに書かないと、たぶんクリスマスまでには忘れるから。

ポズナンは二つあって、ややっこしいという話をしたことがありますが、今日のポズナンはストゥリグロシュ氏の合唱団のほうです。

実は知りたかったことがありました。持っているCDのソロがあんまり素敵で、それゆえこの合唱団が好きになったほどなのです。CDにクレジットされていたソリストの名前が気になって、レコーディングの年「1992年」をずっと意識していました。この時期に12~13歳ということ。

ポズナンのHPに、ツアー写真を載せたページがあります。今は2003年以降の旅の写真が並んでいますが、リニューアルされる前は日本に来たときの写真もありました。そのツアーの年が1992年だったので、もしかしたら好きなCDのソリスト君も来日していたかもしれないとずっと思っていました。

ちなみに来日は、1969年と1992年との2回だけのようです。

Img330

そうして、先日その1992年の来日プログラムを入手しました。1000円ぐらいでした。
大変保存状態もよく、期待どおりメンバーの顔写真も載っています。やった!と思い、ソリスト君の名前を探しました。

勿論見つけましたとも! さらにCDのライナーノートに掲載された録音参加メンバーの集合写真の中に、その顔を見つけることもできました。

積年の知りたい君がやっと現れてくれたので、もうすっきり♡です。

クリスマスアルバムのソリストはバルトーシュ君といいます。

その曲「Wesoła nowina」をアップしてみました。
この曲はポーランドではメジャーなクリスマス・キャロルのようですが、ブンチャカにぎやかに演奏しているバージョンが多くて、このようにしっとり上品なのは稀なのです。
CDのジャケ写とフリー素材を使いました。

弟からは幽霊みたいな歌・・・と言われました、ドカーン・バッキューンしか興味のない人にはそう聞こえるらしい。この天使のソプラノが幽霊ですと!

ライナーノートの写真はこちらです。よく見ると、公演プログラムに顔写真のあるメンバーもいました。なんとなく全く知らなかった来日記録が、現実のものとして感じられるようになりました。

Img3262

バルトーシュ君は右ブロックの右端から二人目の、赤いマフラーをしている少年です。この時13歳でした。今は音楽家として活躍していらっしゃるようです。

さて1992年の来日時のライブで、「赤トンボ」の合同演奏になりますが、公式から上がっています。この中にバルトーシュ君もいるはずですが、全然わかりません。大変残念なのが、韓国での演奏という説明になっていること。

日本語で「ありがとう」という言葉も聞こえてくるのに、なぜかKoreiと書かれています。

これは日本の懐かしい曲ですよと、以前コメントを書いたことがあるのですが、公式も無反応だったので、いつか削除してしまいました。(涙)

ストゥリグロシュさん亡くなったし、25年も日本とはご無沙汰なので、こんな感じになってしまったのでしょうか。

present  present  present  present  present  present  present

ポズナンの話題をもうひとつ。先日FBで古いモノクロ写真を目にしました。あれは何だったのかもう一度確かめると、アメリカツアーをした時の動画や写真がアーカイブとして保存されていたという記事でした。

Chór Stuligrosza w Ameryce

来日したのは1969年のことで、これはそれより古い63年と65年だそうです。いずれにせよ、当時を知らない私にとっては、古い記録にすぎないのですが、動画の一つに「ポロネーズ」の演奏があったのは嬉しかったです。というのも、YTにアップされたポズナンの69年来日記念盤の録音(ヤマチャンさん)の中に、「ポロネース」があるからです。

69年と65年なら、合唱の質とか響きとか、きっとそんなに変わらないのではないかしら?当時の日本でもこんな声で歌ったかもという、希望と期待と妄想がないまぜのわくわく感にしばし浸ることができました。(でも古いので音は良くなかったです・・・泣)

こういった記録がウィーン少年合唱団の60年代70年代にもきっとあるのです。いろいろな記録のデータ化が各所で行われています。その中で私たちの思い出の少年たちの姿も、共有できる媒体で世に出てほしいと願ってやみません。

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コメント

きゃ~、この記事、今頃気が付きました。
このクリスマスの曲はポズナンのペンフレンドを偲んで何度も何度も繰り返して聞いたものです。
しばらくぶりにまた此処で聞いて涙が滲みました。
本当に美しい曲ですよね。
ウィーン少年合唱団はずいぶん現代的に変わりましたが、このポズナンは何だか昔のままな気がします。
やはり変わらないお国柄っていいなぁと思うんですけれどね。
maaさんの願いは私も同じです。60年、70年代のウィーン少、もっともっとYouTubeに出現してくれないかしら。

投稿: ponko310 | 2017年5月15日 (月) 23時56分

ponko様
この曲ご存知だったんですね。
美しいソロ、素晴らしいコーラス、私もこの合唱団は今も変わっていないように思います。
お国柄かもしれないし、合唱団のポリシーかもしれないし、それはわからないけれど、ストゥリグロシュ氏が何十年もかかって築き上げたものは、ずっと続いていってほしいと思います。

過去の映像は今でこそ貴重ですが、データとして保存する方法がなかった時代は処分されていたこともあると思うのです。ビデオテープなんか高価だったから、上書きして使っていたって聞いたことがあります。これからは残っている資料が、どんどん発掘されることを祈りましょうね。

投稿: maa | 2017年5月16日 (火) 18時29分

maa様
初めてコメントさせていただきます。
以前よりPonkoさんのお部屋でお話させていただいているekです。
Ponkoさんよりmaaさんのお部屋の事を教えていただいて、先日来よりお邪魔させていただいておりました。
maaさんのお部屋のお話は拝見しているとPonkoさんがおっしゃっていらしたように、映像がはっきりと浮かび上がってきます。
まるでご一緒させていただいているような気持ちになります。
maaさんの演奏会評などは私にとりまして、今の合唱団を知る良い機会を与えていただける素敵な場所だと感謝いたしております。
なぜ 今日はウィーンのお部屋ではなく、ポーランドのお部屋なのかと申しますと、お部屋に懐かしい名前を見つけたからです。「ミハ」私達は彼をそう呼んでいました。バルトシュ君の事です。
数日前、Ponkoさんに彼等との思い出をお話したばかりだったのです。
バルトシュ君のソロは1969年のソリストのカミエンスキー君同様とても素敵でした。カミエンスキー君は来日時、丁度変声期をむかえてしまった上、体調をちょっと崩されてのライブ録音だったのですが それでも十分私達に感動を与えてくださいました。
バルトシュ君のソロは情感たっぷりの歌い方で、「赤とんぼ」は涙して聴いておりました。
ミハはメンバーの中では、落ち着いた雰囲気を持った愛らしい少年でした。
今はすっかり疎遠になっておりますが、来日後彼とは、手紙でお話をしていました。
ソロ同様 とても素敵なお手紙でした。書かれ手紙を折り鶴にしてきた事もありましたよ。
実は、maaさんのお部屋の中には私ご一緒させていただく機会がある方々がおります。そのお話をPonkoさんにお話したら、「その話、maaさんに…」って。
これから、あちらこちらとお邪魔させていただくやもしれません。その時はどうぞよろしくお願いいたします。

投稿: ek | 2017年5月23日 (火) 11時15分

ek様 こんにちは。

願ってみるものですね。もう本当にありえないことと思っていました。ponkoさんとお友達になったことも、ブログを始めたときには想像もしないことでしたが、このポズナンのソリスト君のことをお話し下さる方が現れるなんて・・・。
もう10年以上になりますが、インターネットラジオのboyschoirの局をよく聞いていました。あるクリスマスシーズンにここの曲はしばしば流れていたのです。一度聴いただけで、声に一目ぼれしてしまいました。
声の主に巡り会えるまで、こんなに長い時間がかかりました。探しているときには見つからず、ちょっと息を抜いた時に92年のプログラムをオークションで見つけたのです。思い続ければ、かなうものなのですね。

私は少年合唱を聴いていなかった時期が長いのです。ですが、聴き続けた方がたくさんの情報を下さって、何とか皆さんとお話ができるようになりました。それでも「ああ、これ知りたい」と思うことは、未だにあります。古い雑誌やレコードもよく買いました。でもお金で買えない「人の記憶」は、どこかで「記憶を留めている方」と出会うのを待つしかありません。バルトシュ君のお話本当に嬉しく思います。素敵な少年だったのですね。

2年ほど前のクリスマスにウィーン少がアルバムを発表しましたが、そのときORFで放送したドキュメントがYoutubeに上がっていました。そこに古い団員たちの映像が挿入されており、「おおスザンナ」を歌う団員の中に懐かしい顔がありました。Youtube上では削除されてしまったので、今は見ることはできませんが、なんとか他サイトからダウンロードできたので、オールドな映像の部分だけトリミングしてみました。
公開はできませんが動画アップしてみたので、もしよかったらここから内緒でご覧になってください。1分15秒くらいのところで一瞬ですがekさんの大切な方が写ります。モノクロですが、ピンクの頬が目に浮かぶようです。
https://www.youtube.com/watch?v=IyAR1B4mTU4&feature=em-upload_owner

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私は音楽の経験がないので、トンチンカンなことを書いてしまうことも多く、また少年たちの歌に対しコンサート評は甘々です。物足りないと思いますが、お楽しみ頂ければ嬉しいです。よろしくお願い致します。

投稿: maa | 2017年5月23日 (火) 20時02分

maa様
突然の訪問のコメントにお返事ありがとうございました。
まだPonkoさんと近しくお話させていただいてから100日しか経っていないのに、こうしてまた新しく近しくお話させていただける方が…なんて素敵な事でしょう。
maaさんのお部屋にバルトシュ君の名前を見た時は本当にびっくりしました。彼は彼の声同様、優しく素敵な少年でした。
このご縁に感謝しております。
maa様、どうぞこれからもいろいろご教授下さい。
音楽は音を楽しむと書きます。そして人間はこの世で一番美しい音を奏でる楽器を持っているんですものね。その楽器を最高に活かして私達に感動を与えてくださる少年合唱団員達に改めて感謝したいと思います。
「音楽は知識ではなく、心が感じるもの。それはたとえば 言葉を知らない幼子が母を呼ぶ声でさえ最高の音楽なのだ」と私の大切な方と話した事がありました。その方はご自分の幼子が母親を呼ぶ声が最高の癒やしだと言っていました。 その方にとって最高の音楽だと。
私にとって大切な人の情報ありがとうございます。後日ゆっくり大切な人にあわせていただきます。それには、心の準備とパソコンの準備をしなくてはなりませんから。
maa様 こんな私をお仲間に加えてくださいね。

投稿: ek | 2017年5月23日 (火) 21時34分

ek様

一方的に無神経でしたね。
私の方こそ深呼吸をして気持ちを整えるべきでした。
どうぞご容赦ください。
時計の針は同じスピードで動くのに、遅く感じたり早く感じたり。せっかちな自分は、カームダウンしませんとね。

いつでもお立ちより下さいますように!

投稿: maa | 2017年5月23日 (火) 23時00分

maa様
コメント欄をメールのように使用してしまって申し訳ございません。そうするしか今の私にはお詫びの手段が無いものですから、お許しください。
maa様、とんでもないありません。
私なんかの為に、お手数おかけしてしまいました。もう会う事が出来ない大切な友への思いをmaaさんがお察しくださったお心遣いは本当に感謝いたしております。
ご存知の通り、少年合唱団員としての彼をこの目を通して直接に見る事が出来たのは、あのコンサート一度切りです。テレビ放送されたスタジオでの歌う姿は何度か見る機会はありましたが…あれから53年の月日が経ちました。
私にとって目に焼き付いている天使の姿をあの日プログラムの中に有った曲であわせていただける事は どんなに嬉しく幸せな事か…。
心より感謝申し上げます。
そんなご親切に水を差すような物言いをしてしまった事お詫びいたします。
本当に嬉しく思っております。
ポーランドのお部屋で全く違うお詫びをしてしまってごめんなさい。
また お邪魔させていただきます。

投稿: ek | 2017年5月23日 (火) 23時58分

 ek様、とうとう、69年のポズナンをご存知の方が現れて、本当にうれしいです。私は実はウィーンよりもこの時のポズナンの歌声に魅せられてしまったのです。カミエンスキ君の「アベマリア」や「夜」、宗教曲やポーランド民謡」の数々は、私にとって、もっとも忘れがたい思い出のひとつなのです。
 67年のパリ木も公演は行ってないのですが、テレビやレコードで、好きになりました。ポズナンと同様、大人の男声が低音部を支えているのが共通していて、緩急やメリハリのしっかりした合唱が共通しているように思います。
ek様は、67年のパリ木はお聞きになりましたか?
 あまりにうれしくて、パリ木のことまで、書いてしまいました。maaさんごめんなさいね。でもこのブログのおかげで、私もとてもハッピーな気持ちになれました。
 
 これから、maaさんやponkoさんのブログでのお話楽しみです。私の周りには、合唱ファンがさっぱりいませんので、こうして、ネットを通して、往年のファンの方とコンタクトできるのは、夢のようです。

投稿: ヤマチャン | 2017年5月29日 (月) 23時19分

ヤマチャン様 こんにちは
出かけておりました。コメント公開もご返事も遅くなり申し訳ありません。
ekさんも、早くヤマチャンさんのコメントをご覧になれると良いのですが。

ポズナンのことも、パリ木のことも、ご自分の記憶をお話くださる方が現れたことは、私にとっても大変うれしいことです。ponkoさんの力強い支えもありますね。
67年のパリ木は、テレビでしか見ておりませんが、声が高かった~という印象だけが強く残っています。Youtubeにアップされた67年パリ木は、今聴くとすごく自然に入ってきますし、皆可愛らしいのに、当時はその魅力に気がつきませんでした。sadgawk

少年合唱を再び聴くようになって、本当によかったと思います。heart01

投稿: maa | 2017年5月30日 (火) 03時35分

maaさん お部屋をお借りします。

ヤマちゃんさん、Ponkoさんの所でも、maaさんの所でもお話させていただけて嬉しいです。ありがとうございます。
今Ponkoさんの所でお話させていただいている旅行では、ライプチヒに続いてポズナンを訪問しました。69年より親しくお便りさせていただいていた先生をお訪ねする旅でもありました。残念ながら、先生はご多忙でなかなかゆっくりとお話する時間が持てなかったのですが、短い時間に沢山の思い出を頂きました。滞在中お世話になったのは、69年来日メンバーのご家族でした。同行の友人のペンフレンドです。
私がナイチンゲールさん達と親しくさせていただくきっかけを作ってくれたのはパリ木でした。
67年来日したパリ木のプログラムで歌われたラモーの「la nuit」(失礼ながら、あの「夜」に魅了され過ぎて彼等の演奏はあの一曲に染まってしまっています)。
ポズナンの演奏会のプログラムでカミエンスキー・ヤツェック君があの「夜」をそれは素晴らしく歌ってくれました。
「夜よ、不思議な安らぎをもたらしてくれる夜よ」って歌う彼の声 何とも言えない情感たっぷりの声質。
レコードでも感じられますよね。あ~このコメント書きながら聴いてしまっていると指が止まってしまいます(笑)。
それに「逃げた小鳥」幼い頃良く耳にしていたポーランド民謡が何とも言えない悲しみと愛情が伝わって来て、今でも聴く度にじ~んときてしまいます。
忘れ得ぬ一曲で あの旅行の時の演奏会を聞かせて頂いた後に先生が私がその思いを書いた事を覚えていてくださって 静かにナイチンゲールさん達に合図して突然歌い始めて…聞かせてくださったんです。もう 大泣きしました。
あの来日時、カミエンスキー君はちょうど変声期をむかえてしまいましたので、演奏会後ソロが思うように歌えない悔しさだったんでしょう、しょぼんとしていました。先生は彼を軽く抱きしめてポンポンと肩をたたきました。「良かったよ」っていっていらしたに違いありません。
いろいろ思い出されます。
先生が亡くなれてもポズナンの歌声は変わらないとPonkoさんからお聞きして来日を待ちわびている日々です。
ヤマちゃんさん、一緒に待ちましょうね。


投稿: ek | 2017年5月30日 (火) 11時06分

maaさん、ekさん、さっそくのお返事感激です!こうして67年のパリ木やポズナンのお話ができる日がくるなんて、夢のようです。待っていたかいがありました。
 パリ木がポズナンと親しくなるきっかけだったのですか?いつかそのお話も教えてくださいね。67年のパリ木の[夜]を私も聞きたかったです。あのときのソリストの大ファンなのです。
 ponkoさんのブログをきっかけに、maaさんやekさんと知り合えたこと本当に感謝です。  

 わたしはもうかつてのような、熱心な合唱ファンではなくなってしまいましたけど、今も時折、古いレコードやラヂオから録ったテープなどで、楽しんでます。

投稿: ヤマチャン | 2017年5月30日 (火) 19時12分

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