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2018年4月 5日 (木)

ゲッティンゲン少年合唱団 日本コンサートツアー

ドイツのゲッティンゲン(Göttingen)市で活動する少年合唱団が3月17日から4月2日まで日本ツアーを行いました。

ドイツ語表記ではGöttinger knabenchorといいます。

今回この合唱団はツアーブログを書いており、それをうちのパソ子で自動翻訳すると、とんでもなくやっかいな日本語になってしまう。無理~と云うところで、ブロ友さんが毎回忠実に翻訳してくれました。ドイツ語特有の表現については注釈入りです。ありがたや~。

おかげさまで彼らの日本での生活とか考えかたがわかるようになり、親近感もわきましたし感心する部分も多くあり、予定していなかった水戸市での演奏会まで足を運んでしまいました。

ゲッティンガーの最初の公演は徳島でした。次いで広島、京都、桜の開花とともに日本を縦に旅しながら鎌倉から日立へ、そして水戸ではイースター礼拝奉仕を行い、最終地東京にたどり着きました。

多くの方々の寄付金によってこのツアーが実現したそうです。クラウド・ファウンディング、インターネットで広く支援を募ることができる時代になりました。賢さと倹約と実行力とで9歳から25歳までの60人近い若者たちが、協力しあいながら日本の春と文化を楽しみ、各地で素晴らしい演奏を聞かせてくれました。その形にいたく感動した自分です。

ブログを読まなければそこまで知ることはできなかったので、丁寧に翻訳作業を続けてくれたブロ友さんに感謝しています。実は最後の仕事がまだ終わってないのです。ツアーブログの最終回がまた更新されていたそうなの。合唱団は帰ってしまいましたが、私の感動はまだ続くのです。

さて、コンサートのテーマは「平和を与えたまえ」

プログラムには大きく ラテン語でDONA NOBIS PACEM

ドイツ語のGIB UNS FRIEDEN 英語のGRANT US PEACEという文字が併記されています。

コンサート会場はほとんどが教会でした。そして演奏の途中ではDona nobis pacem を会場全体で歌いました。合唱好きな私たちは日ごろから宗教曲を聴いていますし、教会に通われている方は讃美歌や聖書を身近に置いているので、無理なくこのラテン語の歌が出てくるのです。

演奏されたのは宗教曲と宗教的な民謡、伝統的な民謡、日本の歌、現代のポップスなど多岐にわたりました。レパートリーの中から日 替わりで多少の変化を持たせながらの演奏会だったので、世話役の日本の牧師さんが説明をしてくださるのですが、ちょっとわかりにくかったです。笑

説明自体は簡明でした。ただプログラム冊子の英語と日本語の対訳が文字数の関係で微妙にずれを感じて、今どこをやってるのかなと時々迷ってしまう。なので曲目だけは原題の下に邦題を並べてもらったほうが、わかり易かったように思います。

この合唱団は1962年に Franz Herzog フランツ・ヘルツォークによって設立されましたが、この人物はドレスデン聖十字架合唱団の出身だそうです。ドレスデンで指揮者になるべく研鑽を重ねマウワースベルガーの代理を務めたこともあるそうですが、世界大戦後に西ドイツに留まり、その後この合唱団を創設したのだそうです。

言われてみるとクロイツの片鱗を感じさせる歌声ですが、より柔軟で広がりを持っていると思われます。クロイツは精緻で完璧で崩しようがない。 いえ、崩す必要はないですが、ときたま窮屈になってしまう。(反対意見もあろうかと思います。これは私の感性、軟派です)

今回のツアーで、鎌倉の雪ノ下教会、茨城キリスト教学園講堂、東京カテドラルマリア大聖堂の3箇所のコンサートに行きました。全て入場無料です。

ドイツ民謡ではWSKも歌っている「Die Untreue」の合唱や、少年たちの声で「茨の森のマリアさま」が聴けて嬉しかったです。 Untreueは裏切りという邦題になっていましたが、ウィーン少では In einem kühlen Grundeだったと思います。

合唱として秀逸だと感じたのは編曲の妙にもよりました。「月は昇りぬ」Der Mond ist auf gegangen や「赤い雲」Rote Wolken im Himmmel など編曲で印象が変わっています。ハーモニーから生まれるふくらみが、素朴な民謡を歌曲として成立させていました。その編曲を残したのは、合唱団の創設者ヘルツォークなのです。

宗教曲ではモンセラートの朱い本、バッハのモテット、ヘンデルのオラトリオ、メンデルスゾーンの詩篇100など。なじみのある曲もありますが、ヘルツォークとバッハを交互に歌いますとか言われると、もうそのあたりになると混乱してしまう情けない自分・・・。

そんなわけで、どの曲だったのかわからないのもありました。会場でCDを一枚購入したので、そこに収録されている曲なんかは参考になりました。YouTube聴きまくったけれど、意外と動画が少なくて、浅知恵のためお話しできるレベルに上がれなかったです。

プログラムに記載された記事から得たことは。ゲッティンゲンで毎年開催されるヘンデルフェスティバルにこの合唱団が参加していること。今回聞かせてもらったオラトリオからの2曲がそれを物語っています。

そして日替わりで数曲ずつ歌われた日本の唱歌ですが、実は5曲も候補があるんですね。さくら、砂山、村祭り、ふるさと、紅葉、こんなに練習していてくれた。

合唱団のFBが今日シェアしていた、Sanctus(Püha) を聴いてください。わりと新しい映像なので今回来日したメンバーもいます。

この合唱力に圧倒されてしまうのです。ボーイズとお兄さんとの混声が心地よい周波数となって、波のように押し寄せるの。

「Püha」はまた、地元の少年少女合唱団や合唱部との共演でも合同で歌われました。

4月6日追記:羽田空港でも山本牧師のためにこの曲が歌われたそうです。

カテドラルで聞いた彼らの歌は、あの残響が大きな味方となって、すべての余韻が消えるまで、「聴いていたい」という気持ちを保っていられました。幸せな時間でしたね。

男声コーラスで涙が止まらないのです。こんなことって今までない。Ubi caritas ・・・シューべルトコアが歌ったので覚えていました。WSKはボーイソプラノです。シューコアの高めの声が、それだけで存在感のある世界ですが、ゲッティンガーの兄さんたちはとっくにソプラノを卒業しています。

シューコアの演奏では繊細で静かなイメージが強かった曲。ゲッティンガーの表現力にはただ圧倒されるのみでした。人数は20人余りで高校生の年齢層も多いですが、もっと上の人もいます。声量もありより安定した声が出せるのでしょうね。単調な旋律で始まり、最大のポイントまで途切れることのない声の伸びが、こちらの精神の高まりと同期していきます。そのあとの転調で柔らかな光がさす感じ。ハイテナーの方が左の端に一人、でもそんなに目立つ存在じゃない。バランスが素晴らしく、そこにマリア大聖堂の響きが加勢しました。技術に加えて、力強さと優しさと歌への思いや感謝の念によって、この演奏が生まれた・・・そんなふうに思います。

「慈しみと愛のあるところ、そこに神がいらっしゃる」と歌われます。説明文を引用すると、『古くから伝わる式文であり、今もなお絶えることなく、新しい旋律がつけられ、歌われている --なぜなら、愛と平和を求めるために必要な答えを、それぞれの世代が自らみいださなければならないからである。』 と書かれていました。

この文言を形にしたのが、彼らの演奏でもあったのです。そんな歌声を聴けて申し訳ないくらいの気持ちになりました。

まだ4月になったばかりで、もう今年の一番が決まってしまった。しかもボーイソプラノ以外にガツーンとやられてしまいました。思うのですが、15,6歳から20代前半の若者たちの声って、フレッシュなんですね。鮮度? 年寄りには辛いワードですが、その美しさっていうのはあると思います。見た目じゃなく、声の話ですよ。(・・・見た目も確かに美しくかっこいい)

ゲッティンガーの音は、曲によりシュトリグロス氏が率いていたポズナン・ナイチンゲールを感じさせたり、ドイツ民謡を歌うときにはレーゲンスのソフトなイメージも思い出す。ある時はクロイツの清澄なハーモニーだったり、このツアーで歌われた「村祭り」ではドラキーズと同じアレンジで、彼らに負けないパワーと美しさを持っていました。

小さな教会では音響の問題もあり制限されてしまいますが、カテドラルでは存分に歌えたと思います。そこで私が体感した奇跡は、私の耳が覚えていたいくつかの合唱団の音とのシンクロでした。ポズナンなんかはライブは知らないので想像にすぎないのですが、蘇る音とでもいいますか? それゆえ感動も大きかったです。

レパートリーの中に「ゲッティンゲン」という曲があります。シャンソンなのです。

バルバラというフランスの歌手がゲッティンゲンで演奏を行ったときのエピソードと、この曲の訳をされた方のブログを見つけました。歌詞は本当に知ってもらいたいので、是非そちらに立ち寄って読んでください。

http://chantefable2.blog.fc2.com/blog-entry-597.html

バルバラはユダヤ系だったため辛い戦争体験をしているようです。この曲もまた、平和への願いが込められているんですね。

ゲッティンガーはドイツ語で歌いますが、それも素敵なのね。もの悲しいワルツを少年たちとたくましい青年が歌う。ときおり高音が小鳥のさえずりのように響きます。黄色いユニフォームの子どもたちが、カナリアみたいに歌うんですよ。好きだなぁ・・・この曲。でも会場で販売していたCDには、たしか収録していなかった。録音があれば是非ほしいですね。

合唱団はどの会場でも記録をとっていました。カテドラルでも自主的にビデオ撮影をしていたので、いずれYouTubeで公開してくれるんじゃないかと期待しています。どれもよかったけど、私の「二大聴きたい」は、「Göttingen」と「Ubi caritas」かな。

水戸中央教会ではイースター礼拝の奉仕がありました。黒ポロシャツの胸には合唱団のマークがついています。団員たちもお小遣いの中から献金していましたよ。教会から可愛らしい絵が描かれた、イースターエッグのプレゼントがありました。

4月6日追記:ツアーブログによれば、合唱団はこの小さな教会が揺れないように歌ったそうです。 建物は揺れなかったけれど目の前で歌われる若い熱気で、きっといつもは静かであろうこの教会がホットな空間になっていたことは確かです。

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カラフルなイメージのイースターですが、春の花、太陽の色はやはり黄色ですね。その黄色いユニフォームのゲッティンガーは、私にとって歌うカナリアであり幸せの黄色いハンカチでもありました。

基本的にはアカペラですが、カテドラルではオルガンもありましたし、ドイツから随行したピアニストのナタリアさんの伴奏も良かったです。古典的な音を奏でられる方という印象でした。

指揮者のMichael Krause ミヒャエル・クラウゼ先生も気さくなお人柄で、ドラケンスバーグに行ったときワインが美味しかったそうです。

そうそう!コンサートの後には数人の団員が募金箱を持って立ちます。旅費の足しになったでしょうか? 倹約生活の中で、日本のおいしい食事も味わえたでしょうか? 母心で心配になります。宿泊先を知っていたら、イチゴジャムの大瓶を届けたかったです。(ブログに朝食のトーストに塗るジャムが足らないと書いてありました。)

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桜とともに日本にやってきて、散りゆく桜を残して帰っていった合唱団。溌剌とした印象と歌の実力を感じた合唱団でした。

日本に来てくれてありがとう。

本当にありがとう!

ゲッティンゲンに戻ったら、またそちらの春がやってきますね。時々日本の春を思い出してください。

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カテドラルでコンサート終了後の撮影。ベレー帽は共演したNHK水戸児童合唱団の皆さん。

最後の最後に、こんなこと書かなくてもいいと思われるかもしれませんが、ひとこと言わせてください。

演奏の途中で電子音が数回鳴りました。

会が始まる前に「携帯の電源を切って下さい。団員たちも携帯は切っています」と案内があったにもかかわらず、なぜ従わないのでしょう。

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ドイツ・オーストリアの合唱団」カテゴリの記事

コメント

maa様
やっとmaaさんのゲッティンガー感想録をここで読ませていただけました。ありがとうございます。
お会いする機会はのがしてしまいましたが、maaさんと雪の下教会の同じ空間で彼らの演奏を聴けた事 ご親切なブログ主さんのご尽力で彼らの日本滞在記を一緒に味わえた事 なによりあの合唱団の熱さを共に感じられた事 私にとって大切な思い出になりました。
マリア大聖堂の演奏は素晴らしかったのですね。maaさんの綴られた言葉からその感動が伝わって参りました。ご一緒したかったな~。
私にとって聖マリア大聖堂は訳あって足を踏み入れるには大変な思いがある ちょっと遠い存在になってしまっています。
以前、ある合唱団の演奏会を大聖堂で聴く機会を持ちました。でも 演奏会中 私の中では別の歌声が浮かんで演奏中泣いてしまっていた失態をおかしてしまったんです。
そんな事にまたなってしまったら、歌っている合唱団に失礼と今回もしり込みしてしまいました。
でも こうしてmaaさんから大聖堂でのゲッティンガーの演奏会の感想を聴かせていただけて私なりに想像させていただくことが出来ました。
本当にありがとう!
そして 私もmaaさんと同じようにあの青年達の歌声に心ふるえた一人である事を知っていただきたいと思います。

投稿: ek | 2018年4月 5日 (木) 19時36分

ek様
ちょっと今涙もろいです。好きな合唱団ができると、その歌声恋しさにしばらくはセンチメンタルが続きます。
今回は旅日記が楽しく、名前も知らない青少年たちに不思議なほど好感を持ちました。頑張っている人が好きなのです。自分にはできないことですから。
ドローンを持ってきて上空から撮影したり、ゲーセンから追い出されたり、面白い子たちだなと思って見ていましたが、いざ演奏となると素晴らしいハーモニーを聴かせてくれました。カテドラルは通常のホールにはない魔法があるのです。心良き人にはご褒美のように、残響が味方をする。ツアーの締めくくりにカテドラルを訪れた、心良きあの青年たちの歌声に最上級の賛辞を送りたいです。

あの場所は唯一無二のところです。何かを思い出してしまうこともあるでしょう。心を強く持つ必要なんてないと思いますが、いつか足を運べるようになったらいいですね。素敵な演奏をまっすぐに受けいれて、その演奏がもたらす感動に浸れたらいいなと思います。

投稿: maa | 2018年4月 5日 (木) 21時13分

maa様
私のコメントに温かいお返事ありがとうございます。
1975年7月14日 初来日のトーマスの最終演奏会があの大聖堂で追加公演として行われました。
マタイ受難曲でした。何度も聴いた彼らのマタイでしたが、あの大聖堂での響きは永遠に忘れられないものになりました。 心に直に届き、涙が止まりませんでした。
歌っている友を見た時 彼も涙を拭いながら歌っていました。来日中2人で共に涙を流した事が何度かありました。
でも、大聖堂での涙はそのすべての思い出に加えて、演奏の素晴らしさに自然にこぼれ落ち着いた涙でもありました。忘れられない思い出を残し、翌朝早く彼らも帰国の途に着きました。
あの大聖堂ではあの時の事が走馬灯のように浮かんでしまう。
あの旅日記を読ませていただいて 勝手に親近感を覚えてしまっているゲッティンガーの雪の下教会で聴いた素晴らしい演奏を大聖堂で聴いたら あの時のように涙でいっぱいになってしまいそうだったんです。
心に刻まれた歌声は忘れられないですね。
ウィーンもポーランドもトーマスも そしてゲッティンガーの歌声も私には忘れられない宝物です。タイトルから外れた私事の思い出を書き連ねてしまってごめんなさい。

投稿: ek | 2018年4月 5日 (木) 22時53分

maaさん
私もekさんのようにこの記事を今か今かと待っていました。
読み応えのあるこの長い記事をようやく読み終えて、何だかとてつもなく大きなため息が出ました。
言葉にはならないくらい複雑なポジティブの気持ちのたくさん混じったため息。
気まぐれで訳し出したあの合唱団の旅行記が段々本気になって行って最後は強行軍の意気込みでした。そしてこの記事の重みがそれによってさらに強く感じます。
私の頼りない翻訳のビスケットが、この記事によって素敵なクリームケーキになったような気がします。
この記事はプレゼントです。本当にありがとう。

投稿: ponko310 | 2018年4月 6日 (金) 05時14分

ekさま
客席で泣いてしまうことは悪いことじゃない。涙の意味は人それぞれですが、泣けなくなったら逆に寂しいと思います。
去年のモーツァルトコアの千秋楽は、ルイス先生までハンカチで目を押さえていました。くちを半開きにして、こらえることもせずに泣いている団員もいました。私にとってあの時間はもうすでに永遠凍結なんです。
人生の長さに比べたら一瞬のようなコンサートツアーですが、感謝と友情と別れの寂しさと胸の奥に刻まれたできことは、いつまでも消えないですね。
私は一度しか聴いたことがありませんが、トーマスのマタイは特別な気がします。しかもあの時のトーマスには大きな試練があったということをekさんから伺いました。カテドラルの慈悲が彼らの最後のコンサートを暖かく包んでくれたのでしょう。Abschlusskonzert ファイナルコンサートのこと、ドイツ語ではこう言うそうですね。今回ゲティンゲンの来日で初めて知りました。
私は今、多感だった時期を取り戻すように、たくさんのコンサートに行っています。好きな合唱団にも出会えました。でも団員たちは成長し団から旅立っていきます。卒業おめでとうと言わなければなりません。
その繰り返しなのでどこかで割り切って、また新しい歌を探すしかないのですね.....きっと見つかります。

投稿: maa | 2018年4月 6日 (金) 11時46分

ponkoさま
長すぎてうざいよね。笑
演奏された曲の数だけの感想は書けないのに、なぜか長文になってしまいました。
ponkoさんの翻訳のおかげで、彼らが本当に平和の使者としての使命を負った旅人だったことがわかりました。
朝食のジャムが少なかったこと、屋台のホットドッグが人数分なくておせんべいで空腹を満たしたこと、ユースホステルのベッドが長身の兄さんたちには小さかったこと、あらゆる試練を乗り越えて、自分たちで考えて行動し体験し、疲れ切ったからだで演奏会を開いてくれました。
失くしたお財布が届いていたのは良かったですね。忘れ物が届く国だ!と思ってくれたのは嬉しかったです。
冷涼なゲッティンゲンから連日20℃超えの日本に来て、体調を崩した団員もいたようですね。でも彼らは関口教会の大聖堂で、この旅の使命を務めきったと思います。その様子がponkoさんの翻訳から熱く伝わってきました。
お礼を言いたいのは私たち読者のほうです。
これから庭仕事にうちこんでください。ベルリンの街や庭が緑と花で彩られる頃には、ゲッティンゲンの街にも春が訪れているでしょう。バルバラの歌に出てくるゲッティンゲンのバラも5月には咲くのかしら。ponkoさんどうもありがとう

投稿: maa | 2018年4月 6日 (金) 12時41分

皆様、こんにちは。・・・
最近は、とんと色々なBoys Choirコンサートには御無沙汰でした。子ども時代は、地方でも結構主な少年合唱団が来てコンサートを聴くチャンスもありました。
今の時代、むしろ地方在住者には厳しいBoys Choir事情ですね。
趣味として、地元でも様々なコンサートは行っていますが、今回は遠出して・・ゲッティンゲン少年合唱団鎌倉でのコンサートに行くことが出来ました。新学期前で平日でも時間の余裕があったこと、何よりmaaさんとmiekoさんとご一緒できたからだと思います。
私は一回だけのコンサートだったので、maaさんの感想を拝読しながら、思い出しています。有難うございます。
私にとってBoys Choirは「若かりし頃の感動」としての想い出の部分が多く、最近は、そんなに色々な少年合唱団を聴くチャンスがないので、maaさんの想いや感動に刺激を受けています。
私は、これからもライブでコンサートを聴く機会は少ないままだと思いますが、今 こうしてmaaさんがさまざまなコンサートを聴いて、沢山の感動を貰い、輝いていることのエネルギーを頂いているような気がしています。
ponkoさんにも御無沙汰です。お元気そうで嬉しいです。
皆様が元気に色々な音楽を楽しまれていることは素晴らしいと思います。
最近、母の体調が思わしくなかったこともありますが・・・素敵なコンサートレポートを嬉しく読ませて頂きました。

投稿: natal | 2018年4月 7日 (土) 10時28分

natalさま こんにちは
先日はありがとうございました。満席になってしまいましたが、ギャラリーからもよく見えて音は上のほうが響きがあったでしょうね。
ゲッティンガーも南アに旅行したことがあるとか、natalさんのおかげで楽しいお話しを伺えました。
確かに最近の来日合唱団が東北方面に行くことは少ないですね。愛知県が意外と多いのに驚きます。WSKやモナコも公演予定がありますね。地元に合唱団があるということなら、新潟にも新潟少年合唱団があるのに、マサヤ君がいたころから盛り上がりがなかったように思います。アジア地域の歓迎ぶりを見るにつけ、これから日本はどうなるのかしらと思ったりします。
東京はコンサートが多いので時間の許す限り行くようにしていますが、来日する合唱団は限られていますね。スペインからは全然来ない。ドイツもジャパンアーツさんとおつきあいのある合唱団だけみたいですし、あとは中東欧とフランスの合唱団が招聘されるぐらいですね。
ゲッティンガー自らが資金を集め、教会のつながりで協力者を得て日本に来てくれたことは画期的なできごとでした。興業ではないので収益は出ませんが、ドラキーズがいつも海外で行っているツアーと同様に、自由で闊達で生き生きした印象がありました。
私はnatalさんの前向きな気持ちからエネルギーを頂いてます。お母様の具合が思わしくないとのこと。心配ですね。natalさんのお母様は、boys choirの良き理解者です。フェニックスやケーズニーをまた呼べるといいですね。お母様どうぞお大事になさってください。

投稿: maa | 2018年4月 7日 (土) 21時01分

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