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2019年3月19日 (火)

Ball der Wiener Sängerknaben 舞踏会は29日です。

今年もウィーン少年合唱団のバル(舞踏会)があります。

今年は日墺(墺日)修好条約150周年の節目として、バルのテーマは「日本」が選ばれました。

2017年には、モーコアのメンバーが参加している動画がYTに上がっていましたね。なんかクイズ大会していました。レポーターが団員たちにもマイクを向けていたり、なぜか元シューコアのトリスタンが顔出したり(たぶん彼は喜んで出たいタイプ)楽しいビデオでしたが、今見たらもう消されていました。

そして2018年はマンデラさんの生誕100周年ということで、南アフリカが特集されました。ホストのコアはシューベルトコア。それは今でもYTに残っています。

今年の映像はこちら。今回のバルはモーコアがホストです。

超オールドな人は途中の画像で、はたと気がつくはずです。

日本の雑誌のグラビアページが挿入されていましたね。日本人形を持ったぷっくり笑顔の少年は懐かしいネンメルト君。これは苗字です。当時はファーストネームだとWolfgang君が3人いたり、Peter君も多かったりで判別しにくいので、雑誌の記事などは苗字で書かれていました。兄弟団員だけは名前で呼んでいたかな。

修好条約という政治的な結びつきは遠く幕末明治の歴史ですが、私たちファンにとってのオーストリアとの関係は、すなわちほとんどウィーン少年合唱団との交流ですね。

WSKが主催する舞踏会なので、少女雑誌のグラビアが使われるのもわかります。ちょうど日本人形を持っている写真だったのね。

来日中やアウガルテン生活の写真などが、どしどし少女雑誌に掲載されていた時代。ぶっちゃけ「ウィーン少特集」を組めば売れるというのもあったようで、そのせいかファンの年齢層は低かった。

その人たちが齢を召され、たまたまお金持ちになっていたら、今年のバルにホテルの宿泊セットで行かれるでしょう。(595€~2,295€)

でもとりあえず、公式によるとバルのチケットは完売だそうです。

モーコアも歌いますが中継されるわけではありません。日本の合唱団の歌もありますね。日舞とか付属高校生の演奏、ボーカロイドのパフォーマンスとかDJも出るようなプログラムは午前3時まで。

小井沼大使のお話は、シンプルな言葉で聞き取れました。が、しかし・・・シュンタロウ君の回答は単語が5つぐらいしかわからず、翻訳アプリを頼りました。

多少単語のシャッフルはありましたが、それを修正すると「普通の日本の子どもにはできない多くの経験ができる」と言ってるらしい。。。翻訳アプリは実力ありですか?

アンティックな映像ですみません。これは「天使たちのクリスマス・キャロル」というVHSビデオの中の一曲です。

日本人形を持っていた少年は、1分47秒ぐらいからしばらく写っています。そのままズズッとオールドが夢中になった団員たちが続きます。カラー映像だったら、これほどに古めかしくは感じないと思うのですが、モノクロなので本当にもうやばいくらい昔っぽいですなぁ。

 

今PC(スマホ)の前にはいろいろな年齢層のかたがいらっしゃると思います。若いかたにとっては、「歴史的映像」であり、ベターデイズみたいな印象でしょうね。

クラスの男子の顔はとっくに忘れてしまったのに、たった3ヶ月日本にいただけの子たちを忘れないなんてね。

でも今の時代はYouTubeもあるしSNSもある。今日の記事のようにバルの予告があって、チケットを買えば参加することだってできるんです。私が子どものころのような、卒団したら手の届かない存在ではなくなりました・・・

あんまり古めかしいのでカラー写真も載せておきます。LPレコードのジャケットに使われたもの。ふふふ・・・カラーだってあったんだぞ!

でもどこか古めかしい・・・ユニフォームが微妙に違う?

 

 

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こんなことを書きながらも、最後はここに落ち着きます。

でも新作動画はないので、バルの演奏がオーストリアのメディアで放送されますように。SNSで配信とかしてくれますように。

スペイン、マルタ、デンマーク・・・昨年の今ごろはマルタで歌っていました。

上の動画は2018年2月16日スペイン。ソロはフェリックスとイェトミールですね。

この動画はわりと解像度が良いので、YTに飛んで是非PC全画面でご覧ください。歌っているboysの表情まで見えてナイスですよ。

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