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2019年4月

2019年4月30日 (火)

WSK * ブルックナーコア(ウェスタ川越大ホール、江戸川総合文化センター)

 

4月28日、29日の両日はブルックナーコアのコンサートでした。

どちらもAプログラムだったのと、初日は団員の名前と顔がほとんどわからなかったので、続けて同じプログラムで聴けたことで多少はお話しできそうです。

始まりは「カルミナ・ブラーナ」で勢いよくブルコアのエネルギーが発散されました。

最初のピアノでガツーンときますよね。Aプロの1曲目として素晴らしい選択。

マノロ先生のMCはかわらずに独特のイントネーションで、テンション高めの日本語です。カペルマイスターが前回と同じというのは、聴いている私にとっては非常に安心できることなのです。子どもたちはほぼ全員違うわけで(今回は特別にマシュー君が再来日ですが)、ここでカペルマイスターも違うとなると、まるで別の合唱団に出会うようお気構えができてしまう。

少しでも指揮を知っていると、それが4年間で変わっていたとしても、変わりようの中に別の感動も生まれます。

果たして今回は、本当に「別の感動」が生まれました。

 

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4年前のフィリップ君のようなすごいソプラノソリストはいませんが、ここには成長したフィリップ君がいます。彼のアルトは清々しくていいですね。ソプラノソロはダビッド君、ネイサン君を中心にマリス君の声も見逃せない。マシュー君はアルトパートに移動していますが、自分の声をコントロールしながら、低音では抑え目にまだまだ高音も歌えるようです。

ピアノの横に立つこの4人がコーラスの核になっているように思われました。

特にフィリップ君とマシュー君は、もう歌い方がオペラでもやっているような表現力。指揮者に注意を払いながらも、自分の歌い方で表現していました。二人のアイコンタクトと笑顔がブルコアの個性を盛り上げますね。

もともと先生のピアノも正確さよりインパクトなので、あまり細かいことにはこだわらないっぽいのかと、かってに納得してます。

でも出来上がった演奏は、例えばアンサンブルであれば、一気に世俗を忘れるような精緻な美しさを持ち、メンデルスゾーンもハイドンも意外と思えるくらい高めの声で清澄な調べ。

アンサンブルで参加していたのは、メンデルスゾーンの「羊飼いはよみがえられた」とハイドンの「天地創造」ではダヴィッド、ネイサン、フィリップ、マティウス、マシュー、ティモ、マリス、アダム、スィユ、ヤコブ・・・・このあたりかなと。2回目の記憶では、まだ怪しいところもありますが。

ブラームスの「喜ばしき天の女王」。はい、これはRegina coeliと書いたほうが、あああと思われますよね。自分も、ついこの間パリ木の94年の動画が公開されて、しばらくこの曲を聴き続けていたんですね。パリ木の声は地声的でもう少し強かったのですが、ブルコアは細い声でウィーンらしさを感じました。ソリはネイサン、ダヴィッド、マシュー、フィリップだったと思います。

 

同じくブラームスですが、詩編13番は初めて良いなと思いました、実はこの曲の悲痛感が苦手で、ブラームスだし、13番だし、しかたないのですが、あまり好きじゃなったんですね。でもブルコアの演奏で、痛みが和らいでいました。それもありですね。

フィリップ君は歌も素晴らしいですが、日本語の曲紹介もしっかりとした言葉で話していました。むしろ先生よりメンバーのステージングが完璧で、先生はそれをわかって、子どもたちに任せるところはまかせ、肝心要だけ抑えているようにも感じました。

第一部の最後はバンキエーリの「動物たちの対位法」でした。これはモーコアも歌っていました。動物の鳴きまねがユーモラスなんですね。

ここでは日本人のケント君と最年少のナターナエル君が大活躍しました。つまり、鳴きマネうま~~いい。そして楽しく、可愛いのです。

合唱音楽を聴いてあまり「可愛い」とか書いたらいけないみたいな声も聞きますよね。かわいさ目的か?みたいな。

でも可愛いのは子どもたちのもって生まれたものですから、鳴きマネは「可愛い」でいいと思います。

最年少のナターナエル君は急遽来日メンバーに決まったらしく、フライヤーには載っていません。今回のプログラムには印刷までに間に合ったみたいでよかったですね。でもそういうわけで先輩たちほど活躍の場は多くないとは思いますが、この鳴きマネでコーラスのポイントになっていることが、彼自身はとても嬉しいみたいです。猫の鳴き声で名演ですので、注目してみてくださいね。

ケント君は犬の鳴き声で、こちらも曲の最後まで鳴き続けるぞ~!

 

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第二部の「リベルタンゴ」は公式で前年度のブルコアが歌っていました。

 

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そのあとは「オー・ソレ・ミオ」マノロ先生の生まれた国の名曲です。

前回のプログラムテーマ「美しきイタリア」は健在でした。勿論イタリア語で歌われました。

「サウンド・オブ・ミュージック」のテーマと「エーデルワイス」は、ブルコアの声によくあっています。

江戸川総合文化センターでは、サウンド・オブ・ミュージックのピアノ伴奏をメンバーのティモ君が担当しました。がっしりした先生と対照的な細身のティモ君の背中、細い指が私の席からは見えていました。そこから聞こえてくるピアノの音は、緊張感も伝わって、ドキドキするほど美しかったです。

エーデルワイスは4つのクラスを問わず、ウィーン少年合唱団のレパートリーとして歌い継がれています。高めの声が優しかったです。

それから日本の歌が続きました。日本人の心に響く曲ばかりで、ちょっと胸がつまりそうになる。美智子皇后さまが作詞された「ねむの木の子守歌」は、私の錯覚でなければ27日のイベントから少しずつ日本語の発音が上達しています。たった3日間のことですが、確かにそう感じました。

オーストリア民謡では、ヤコブ君ともう一人のヤコブ君だったかな。あれ?忘れた・・・とにかく2人です。ラッパの小さいの・・・すみません。本当に楽器の名前も知らないのです。トランペットの小さいやつ。コルネットかな。コミカルな酒飲みの歌だそうで、楽しく演奏してくれました。

 

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さて特筆事項がありますが、特筆と言っておきながら書きません。どうしても実際に聞くまでは知らない方がいいと思うのです。

それはアンコールのなかの1曲についてです。

この前奏が聞こえたときに私はわ~~と思ったんですね。そのときめきを取っておきたいのです。

なのでタイトルは書きません。必ずしもアンコールで漏れなく歌うとは断言はできませんが、美しい曲ですし、ブルコアですし、ぜひ楽しみにされてください。

明日は初めてのBプログラムです。ガウダーテは通路から出てくるだろうか?とかね。パーセルも聴きたいしシューマンの歌曲も楽しみで、ウィテカーの「アシカの子守歌」も好き。YELLもまた聴けますね。いろいろ楽しみなBプロです。

平成最後のブログになりました。

良い時代になりますように。

 

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2019年4月27日 (土)

WSK ブルックナーコア 来日イベント

来日中のブルックナーコアが無料イベントに登場してくれました。

オーストリアと日本の修好150年で今年はいろいろなイベントがありますね。

六本木の国立新美術館では「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」という展覧会を開催していますが、昨夜はロビーの一角にステージを作りブルックナーコアを招いてトークショーとミニコンサートがありました。

入場無料のうえ、ジャパンアーツさんでもかなり力をいれて前宣伝していたのでたくさんの方が詰めかけました。

正面に置かれているのは、ベーゼンドルファーのグランドピアノ。蓋の内側には金色に輝くクリストの絵が描かれており、世界に25台しかないそうです。

イベントそのものは25分間という短いもので、インタビューと演奏が2曲。

ブルコアの皆さんの顔写真はチラシやHPですでに目にしていましたが、実物とのギャップ・・・

いや動画で見たのとも雰囲気がちがうのです。これは毎度のことで、数回ステージを見る機会があれば、覚えられるはずですが、どうでしょうね?今年の自分の記憶力。年々おとろえているのよ。

インタビューはヴィルトさん、カペルマイスターのマノロ先生、団員ではフィリップ君、ケント君、マシュー君。

このイベントには主催側でカメラを入れていました。帰りの電車でキヤノンさんの記者会見記事に気づきましたが、YouTubeにも夜遅くこの日撮影されたものがアップされていたのです。

それで午前中にこの記事を書き始め、動画もご紹介するつもりでいたら、あっというまに消し去られてしまいました。

時間的には一日も公開されていなかったので、ご覧になっていないかたもいるでしょうね。編集してまた公開されるでしょうかね?

合唱団の出演中は撮影禁止だったので、私が撮ったのは会場と2階とピアノだけ。その写真ではつまらないと思うので、本当に動画があると楽しかったと思います。

 

ねむの木の子守歌は優しく温かみのある日本語で素敵でした。トリッチトラッチもマシュー君が歌う表情が豊かで、インタビューでも積極的で、このコアをけん引していくトップの少年という印象です。

4年前の千秋楽、「アメイジング・グレイス」をソロで歌いましたね。覚えていらっしゃいますか?

あのとき、「なんという透明感!」と思ったことを昨日のように思いだします。きっと素晴らしいソリストになると、そう思ったとおり「3人の童子」にも抜擢されザルツブルク音楽祭に出演したり、すっかり成長した最上級生。

弟のネイサン(ナタン)と、ダヴィッドやフィリップとともに、ブルコアの中心的メンバーですね。彼らは決してモジモジしない。ステージでもさわやかでにこやかで颯爽としています。マノロ先生が「前回から4歳齢をとったけれど、彼らから若さをもらってる」とおっしゃっていました。

その動画をお見せできなくなったので、再び半年前のモスクワでメンバーの確認をしてください。

全員が自己紹介と出身地を言ってくれているのですが、拍手と反響となんだかなんだで、ほとんど聞き取れなかった。

あの背の高い子は、どうしてもセバスチャンではなく、バスティアンと聞こえてしまい、かえってSebastian君だとしっかり覚えました。

日本で自己紹介は?  笑・・・まずないでしょうね。ほほ

 

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2019年4月21日 (日)

ノートルダム寺院によせて

ノートルダム寺院再建に寄せるコンサートがありました。

他に、Julie Fuchs, Mireille Mathieu, Bénabar, Chimène Badi らが出演したそうです。私はミレイユ・マチューしか知らないけど・・・笑

パリ木の歌声が素敵です。もの悲しいメロディラインは、往年のフレンチポップス歌手、ジョニー・アリディの「Marie」

これはパリ木でないと歌えない。

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Chöre im TV

Les Petits Chanteurs à la Croix de Bois chanter "Marie" au »Notre-Dame de Paris, le grand concert

 

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ここはアンバリッドの中庭です。向こうに金色の屋根が見えます。ノートルダムのあるシテ島は、当面立ち入り規制が設けられているそうです。

パリ木はやっぱりこういうところで歌うのが似合います。聖歌隊の代表として、子どもたちの声の代弁者として。

ソロはジェシー。日本でも大活躍でしたね。

フランスのTVで放送されると書いてありましたが、日本からは視聴できないのでシェアされてよかった。

 

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2019年4月20日 (土)

古いビデオのアヴェ・マリア独唱

イースター休暇で現役くんたちはアウガルテンから自宅に戻っているようです。

ヨーロッパの国々にも春が訪れています。家族や仲良し同志で旅行をしたり、山でスキーを楽しんだり。これから秋到来のドラケンスバーグではこのイ-スターの聖週間が恒例の「山の音楽祭」にあてられました。明日は彼らも学校のホールでミサに出席するのでしょうね。

モーツァルトコアのルイス先生は、先週の日曜ミサを最後にウィーンを離れられたよう。歌劇場という違ったステージで、また先生のご活躍をお祈りします。

 

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ヨハネ受難曲のソロ曲を歌っていたソリストの話題から、私の中でまた古い映像に光がさしています。

今日はエルンスト・マンチュ君の「アヴェ・マリア」をアップしました。このビデオは1964年の秋ごろに撮影されています。春に日本を訪れたメンバーと9月から加入した新メンバーが出演していました。日本では少女雑誌が現地取材していたので、新メンバーの写真もグラビアページに載りました。なのでだいたいの名前と顔をわかっている当時のファンは多いと思います。すごいでしょう? 当時の少女雑誌。FBがなくてもウィーン便りで情報を届けてくれたのです。

ただこのソリストは本当に見たことがなくて謎でした。彼は来日したクラスではなかったそうです。

 

 

 

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この時代のカペルマイスターでヘルマン・フルトモーザーさんというかたがいらっしゃいます。2015年に亡くなられたときには、公式FBでその死を惜しむ記事がありました。

その時の動画に埋め込みコードがありましたので、サイトでシェアしてもよいのかなと思い、公式FBからお借りすることにしました。(右端の音声ボタンをクリックして、無音解除にしてください)

 

 

 

何十年も前のことなのに、これだけ画像が残りこうして動画にしてもらえることは、本当に嬉しいですね。

先生を囲んで67年に来日したboysが何人かいます。彼らの姿は、前に書いた記事:ヨハネ受難曲のレコーディング風景でも見ることができるんです。アヴェマリアを歌っているマンチュ君は、一番上の写真ですね。

 

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私が大切にしているレコードで1963年録音のものがあります。CDにもなっています。その録音にフルトモーザー先生は指揮者として参加されていました。ハイドンの「ニコライ・ミサ」やシューベルトの「ドイツミサ曲」など何度聴いたかしれません。映画「美しく青きドナウ」では、団員役の出演者が歌うシーンで吹き替えもこの時代のソリストによって行われました。

またフルトモーザー先生も青きドナウの映画に出演されていました。

 

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日本映画で「いつか来た道」という作品があり、そこにもウィーン少年合唱団は出演しています。そこにもという言い方はふさわしくなく、むしろウィーン少の来日2回目を記念して作られたとか。1959年に来日したクラスが、なんと来日の合間に撮影をこなしたそうです。

ずっと昔テレビで放送されたことはあるそうですが、残念なことにその映画はDVDとして市販されていません。挿入されたオペレッタが素敵で上手で、そのシーンだけでもファンには貴重でした。彼らは本当に才能にあふれています。

DVD化してもらえたらいいのですが・・・

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2019年4月17日 (水)

パリ・ノートルダム寺院の火災

昨日早朝にテレビをつけたら、ニュース映像が飛び込んできました。

ノートルダム寺院が燃えているという、信じられない報道。

思わず「うそ、うそ!」とテレビに近づくと、見る間にあの尖塔が崩れていきました。

たぶん私の悲しみに、どうして?と思われるかもしれません。

よその国じゃない。世界遺産だけど、別に・・・・・泣くほどのこと?

私たちにとってノートルダムは観光名所にすぎないかもしれません。歴史的建造物だけど、そんなに好きなの?と問われるかもしれません。

が、私には少し違う感覚があります。

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若いころフランスが大好きだった時代がありました。パリに知りあいがいて、当時とてもお世話になりました。

その知人はカフェ・テアトルで見た「星のおうじさま」を気に入り、日本にその小さな劇団を招聘したことがあり、そのときに私はほんの少しですがお手伝いをしました。

フランス語が全くわからなかったので、東京公演の受付ぐらいしかできませんでしたが、急遽集まったスタッフはパリ在住経験のあるかたが多かったです。そのツアーが終わった後、語学学校に飛んでいきました。フランス語を習わなくちゃと思ったのです。

そして数年間、実際ちょっともしゃべれませんでしたが、最初に教わった講師がきびしかったので、多少はわかっていたのかな。

語学に向いている性格でもないせいか、今となってはほぼ消えうせてしまっています。

 

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初めてパリに行ったとき、その知人がクルマで市内を案内してくれました。最初にノートルダムに行きました。塔の上からはパリ市内が全部見渡せました。まだデジカメではなく、フィルムの時代です。彼女はプロのカメラマンでしたから、ちょこちょこ私の写真を撮ってくれていました。

ゆうべ久しぶりにアルバムを開いてみて、思い出がよみがえりました。

その知人と過ごした一日、楽しかったこと、ドタキャンをして怒られたこと、ノートルダムの上から見渡したパリの屋根屋根・・・。どこかの公園で、突然雷が落ちて地響きに驚いたこと。パナッシェが美味しかったこと。「Ou est la gare 〇〇?」そればかり言ってたこと・・・・・

知人は私よりひとまわり以上年齢が上だったので、当時の私など本当にわがままでどうしようもないヤツと思っていたでしょう。でも面倒見のいいひとで、本当にお世話になりました。当たり前のようにいろんな場所に連れていってもらっておきながら、私はなんのお返しもできないまま、疎遠になってしまいました。

焼け落ちるノートルダムの塔を見たとき、思い出も消えていく気がしました。たぶん今も知人はパリにいるでしょう。年齢を重ねても豪快に元気に、カメラを持ってあの群衆の中にいたかもしれない。私にとってパリはただの観光地ではなく、ノートルダムの写真を見ると、知人の声が今も聞こえてくるのです。

 

"Je vous salue Marie"

 

Je Vous salue, Marie comblée de grâces,
Le Seigneur est avec Vous,
Vous êtes bénie entre toutes les femmes,
Et Jésus votre enfant est béni.
Sainte Marie, Mère de Dieu,
Priez pour nous, pauvres pécheurs,
Maintenant et à l'heure de notre mort,
Amen, Amen, Alléluia!

**🎶****🎶****🎶****🎶****🎶**

2018年6月18日、ジョージア少年合唱団、ノートルダム寺院でのコンサート。

 

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* 屋根は焼け落ちましたが、十字架と石造りの柱は残りオルガンと鐘も火災を逃れたとのこと。バラ窓も・・・・・。

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2019年4月14日 (日)

ヨハネ受難曲のソプラノ・ソロ

イースター[復活祭]の前の今日、枝の主日をいうそうです。受難の主日ともいいます。

今日はウィーン少年合唱団が1965年に録音した「ヨハネ受難曲」より、ソプラノのアリアを聴いてください。

このソリストについて、名前は知っていましたが姿は謎でした。

そしてもう一つ同じ時代に、姿は知っているけれど名前のわからないソリストがいました。

先日ブロ友さんnおかげでその謎が解けて、名前だけ知っていたエルンスト・マンチュ君が、姿だけ知っていたソリスト君とつながりました。

彼の歌はYouTubeにあがっていました。でも写真は最近の団員のもので、彼ではない。

コメントの中に「これは私のおじいさんです」というのがありました。興味のあるかたはYouTubeに行って読まれるといいですね。

 

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ヨハネ受難曲 BWV245より"Ich folge dir gleichfalls"
第一部第13曲「我もまた喜ばしき足どりもて」

 

 

他の演奏も聴いてみたのです。例えばテルツがヨハネ受難曲を歌っています。

でもその演奏は私にはテンポが速すぎる。オリジナルがどうであったか、それを知らず最初に聴いたヨハネがウィーン少でした。アルトソロは64年に来日したフロシャウアー組のペーター君でした。

テルツは85年にアーノンクールの指揮で録音した演奏がDVDになっていますが、それも少し印象が強く凛としすぎています。

ウィーン少年合唱団の演奏が私の標準になってしまったので、アーノンクールの古楽器を使った音が耳に優しく、ソフトで感性や表情が豊かな感じがします。

そしてソプラノ・アリアを歌った少年は、別の古いVHSビデオで「アベ・マリア」を歌っていました。誰だろう?ずっと思っていたのですが、それこそがマンチュ君だと、ついこのあいだ教えて頂きました。

 

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最初の動画でバッハを歌っていた本当のマンチュ君です。ヨハネの録音より1年ぐらい前に撮影したビデオの画像です。

 

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実はヨハネ受難曲のレコードに付属の冊子があり、録音風景の写真にも彼がいました。手前で指揮をするギレスベルガー教授と比べても、背が高いなという印象。遠目なので顔ははっきりとわからず、でも一人で歌っているからソリストなんだろうなと思ってはいましたが、いつの日かそんなことも忘れていました。

60年代の声ですね。

レコードほ解説冊子より。

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古いビデオの「アベ・マリア」もYouTubeにあげようと思いましたが、今日は時間がとれなくて写真のみになりました。

PCがポンコツでYouTubeにアップするときすごく時間がかかるんですね。なのでそのうちご紹介します。

 

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2019年4月10日 (水)

ある団員くんのメッセージ

わたくしごとなのですが、名前は出さないので皆さんも読んだら忘れてください。

名前に見覚えのあるアカウントから、ある時メッセージが来ました。その子はパリ木の在校生でしたが、すでにその時はやめていました。確か同じ時期に2~3人がやめたように思います。

「あなたはLittle singers of Parisを知っていますか?」と英文で書かれていました。私はPCCBが好きで、最近は人数が減って残念に思っていることを返信しました。すると彼はほっとしたのか。嬉しかったのか「cool」と答え、自分がパリ木の団員だったけれどやめてしまったことを書いてきたんですね。私はその子の名前に憶えがあったしやめたことも知っていたけれど、本人は3回目ぐらいのやりとりで初めて自分のことを明かしたのです。

なぜ私にメッセくれたのか、全然わかりません。だって「パリ木を知っていますか?」という文面でしたから、私が合唱団ファンだという認識も彼は持っていなかったことになりますね。

Little singers of ParisではなくPCCBと私が書いたので安心したようで、そのあとパリ木をすごく支持する言葉が続きました。彼らは合唱レベルがとても高いとか、メッチャおかしいやつらだけど歌はうまいんだとか・・・・そんな感じでした。

私は英文のスラングを知らないので、彼らのアカペラとハミングが本当に素晴らしいこと。だからまた日本に来てほしいと思っていることなどを普通に書きました。するとその子は、PCCBは今もアジアツアーを続けているから大丈夫。また日本に行かれるよと答えてくれました。

ただそれだけの、メッセージ交換でしたが、やめたあともパリ木のことを心配しているように思えて、なんとなくほんわかとした気持ちになりました。どこの合唱団にも中途でやめる子はいます。理由は様々と思いますが、中には仕方なくやめる子もいるでしょうね。メッセージくれた子はやめてなければ今最上級生で、去年日本にも来られたはず。

その子からメッセージをもらったタイミングは、ちょうど私自身もオータン大聖堂の附属聖歌隊とパリ木との共存共栄についてわからなくなっていたときでした。

現在ユーゴ先生はMaîtrise de la Catédrale d'Autunの芸術監督として、特に女子聖歌隊(LUMINA COELI - Choeur de filles)の専任として活動していらっしゃいます。この聖歌隊には男子も少数ですがいるんですね。

最近は欧米の国々で、男子だけの聖歌隊や合唱団に対し、女子にも門戸を広げるようにとの動きがあります。その聖歌隊学校に国や市町村から補助が出ている場合、男子だけが恩恵をうけるのは平等でないという主張もあるそうです。それは論点が違うような気がしますけれど。

オータンの教会に女子合唱団ができた経緯は知りませんが、教区の信者さんでお嬢さんに歌ってもらいたいという方もあるでしょうね。その中で少年合唱を維持するには、別途女子聖歌隊を作るしかないですが、だから?かどうかはわかりません。

ただ女子だけでなく男子まで入団してきたときには、ちょっと驚きました。パリ木はどうなるのと、素朴に感じたのです。

でも一昨日FBにアップされた動画を見たら、少し前のコンサートで19人しかいなかったメンバーの人数が規定の24名になっていました。

だけじゃなく新しいソリスト君が歌っていました。

そしてやめていった団員クンからもらったメッセージからは、自分の仲間たちを大切にする気持ちが伝わってきました。もしかしたら、私だけじゃなく何人かに送っていたかもしれないけど。笑 それはそれで・・・大丈夫です。

パリ木の動画を見ると、私服を着た卒業生が一緒に歌っていることがあります。ツアー先に遊びに来たときなんかでしょうね。きっと仲がいいんじゃないかと思います。

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Ville du François
画面右の音声ボタン×をクリックしてください。

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もともと憂慮するようなことではなかったのかもしれません。ツアーでパリ木が不在のときも教会でのミサはありますから、少年少女聖歌隊が教会での務めを果たすことになります。全員がそろうときにはそれぞれの役割があるのでしょう。

パリ木の歴史は国で守るくらいの存在価値があると私は思います。なんかWSKも本国では彼らの音楽大使としての価値を今いち汲んでないように思いますが、フランスでもそうなのかな。

もう私たちは数十年前の歌を、昨日のことのように今でも喧々諤々やっているのにね。

 

 
gillou412

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