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2019年4月14日 (日)

ヨハネ受難曲のソプラノ・ソロ

イースター[復活祭]の前の今日、枝の主日をいうそうです。受難の主日ともいいます。

今日はウィーン少年合唱団が1965年に録音した「ヨハネ受難曲」より、ソプラノのアリアを聴いてください。

このソリストについて、名前は知っていましたが姿は謎でした。

そしてもう一つ同じ時代に、姿は知っているけれど名前のわからないソリストがいました。

先日ブロ友さんnおかげでその謎が解けて、名前だけ知っていたエルンスト・マンチュ君が、姿だけ知っていたソリスト君とつながりました。

彼の歌はYouTubeにあがっていました。でも写真は最近の団員のもので、彼ではない。

コメントの中に「これは私のおじいさんです」というのがありました。興味のあるかたはYouTubeに行って読まれるといいですね。

 

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ヨハネ受難曲 BWV245より"Ich folge dir gleichfalls"
第一部第13曲「我もまた喜ばしき足どりもて」

 

 

他の演奏も聴いてみたのです。例えばテルツがヨハネ受難曲を歌っています。

でもその演奏は私にはテンポが速すぎる。オリジナルがどうであったか、それを知らず最初に聴いたヨハネがウィーン少でした。アルトソロは64年に来日したフロシャウアー組のペーター君でした。

テルツは85年にアーノンクールの指揮で録音した演奏がDVDになっていますが、それも少し印象が強く凛としすぎています。

ウィーン少年合唱団の演奏が私の標準になってしまったので、アーノンクールの古楽器を使った音が耳に優しく、ソフトで感性や表情が豊かな感じがします。

そしてソプラノ・アリアを歌った少年は、別の古いVHSビデオで「アベ・マリア」を歌っていました。誰だろう?ずっと思っていたのですが、それこそがマンチュ君だと、ついこのあいだ教えて頂きました。

 

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最初の動画でバッハを歌っていた本当のマンチュ君です。ヨハネの録音より1年ぐらい前に撮影したビデオの画像です。

 

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実はヨハネ受難曲のレコードに付属の冊子があり、録音風景の写真にも彼がいました。手前で指揮をするギレスベルガー教授と比べても、背が高いなという印象。遠目なので顔ははっきりとわからず、でも一人で歌っているからソリストなんだろうなと思ってはいましたが、いつの日かそんなことも忘れていました。

60年代の声ですね。

レコードほ解説冊子より。

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古いビデオの「アベ・マリア」もYouTubeにあげようと思いましたが、今日は時間がとれなくて写真のみになりました。

PCがポンコツでYouTubeにアップするときすごく時間がかかるんですね。なのでそのうちご紹介します。

 

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Wiener Sängerknaben」カテゴリの記事

コメント

maa 様
you tube に行って「私のおじいちゃんです」読みました。あの少年がおじいちゃんになったのですね・・・時の流れを感じます。ア~ア  お時間ができたらアヴェマリアの up お願いします、楽しみにしています。
それから、 maa 様はいろいろな情報をお持ちなので、ヨハネではないのですが、大体同じ頃に録音された、あの婚礼のカンタータの盤で、83番を歌っているアルトのソリストのことはわかりませんか? 上手なので前から誰だろうと思っているのです。またはどなかたか情報をお持ちの方伺わせてください。

投稿: 1964-1967 | 2019年4月17日 (水) 00時39分

1964-1967さま

本当に時がたってしまいました。
お孫さんがYouTubeにコメントをする年頃なんですね。

83番のアルトソリスト君は、現状ではわからないです。私も知りたい。あの時代ですからゼキルンの集合写真の中にいるかもしれないですよね。ウィーン少のオフィシャルというのは、返事は早いのですが、結構つれない感じです。こちらの意図を組んでくれようとは、あまりしてくれないようで。大昔のソリストの話題など、たぶん「わかりません」の一言でかたづけられそうですね。
Youtubeには83番もあがっているので、いつか記事にしたいです。

投稿: maa | 2019年4月17日 (水) 20時59分

またまた素敵な歌声の動画を載せてくれてありがとうございます。
3度ぐらい続けて聞いた後、記事の下に載っている少年の顔写真を見てドキッとしました。
あの憂いのある印象的な瞳は!!!
メンデルスゾーンの「秋の歌」のニ重唱を歌っていたルドルフ・フィラファー君の片割れの少年じゃないですか。
彼がエルンスト・マンシュ君でしたか。
新しいエピソードが生まれそうです。
秋の歌は1964年に録音されたものですが、maaさんはフィラファー君よりも、このもう一人の少年の声が気に掛かっていたのではないかしら?

投稿: ponko310 | 2019年4月17日 (水) 23時44分

ponkoさま
こんな時間に(深夜12時半)思いがけない記事の内容に、目がさえてしまいました。
そうです。私はフィラファー君の横にいた少年とマンシュ君とが結びつかなかったのです。でも確かにあの「困った眉毛」のせつない瞳(憂いをおびたというのは、素晴らしい表現ですね)の男の子は、マンシュ君の幼い姿ですね。
ヨハネのソプラノ・アリアを今一度聴いてみました。本当に「秋の歌」で聴かせてくれている声ですよ!すごい発見です。ponko先生!

ヨハネ受難曲のレコード冊子の写真をこちらにも載せることにしました。ムント隊のさらなるお話の広がりを期待しています。

投稿: maa | 2019年4月18日 (木) 00時48分

この動画にはErnst Manschとありましたが実際の名前は1964-1967さんのMantsch・マンチュが正解でした。
エルンスト君の1965年の写真が楽しみです。
秋の歌は1963年の3月に録画されたものでした。
その録画から2年も経っているんですよね。

投稿: ponko310 | 2019年4月18日 (木) 02時34分

ponko310さま
>
フォローありがとうございます。動画のほうのスペルが違っていたんですね。
マンチュ(Mantsch)君のアベ・マリアは、土曜日にアップします。64年組の「さくらさくら」とかのちょっとアバンギャルドな映像を覚えているでしょう?あのビデオに入っています。なのでカメラアングルがちょっと個性的だわ。ふふふ でも憂いの眼差しは見られます。
あとは、バッハ83番のアルト探しですね。時代は65年前後です。ソリストいっぱいの時代でわくわくする。

投稿: maa | 2019年4月18日 (木) 07時22分

maa 様、 Ponko 様
秋の歌のお話うかがわせて下さい。 面白そう・・・!

投稿: 1964-1967 | 2019年4月18日 (木) 11時52分

maa 様
立て続けに失礼します。
ヨハネの冊子の他の写真も載せることはできませんか?
団員たちの写真の中に、ソロの以外にもマンチュさんが写っているのがあるのですよ、ムフフ・・
ヨハネの録音は、1965年の春、ツアーに出ていない組の全部で行われたそうです。留守の組は、写真をたよりにするとナイダー組でしょうか? だから、オフェンベックさんがいないな、と思っていたのがちょっと納得です。

それから、83番のアルトソロですが、なんとレオンポルト・ロスナーさんらしいという、びっくりするような情報が出てきました。?! 

投稿: 1964-1967 | 2019年4月18日 (木) 18時24分

1964-1967さま

ponkoブログの記事169でもう一度秋の歌の動画を見てください。
ほら! フィラファー君とデュエットをしているのは、マンチュ君じゃないの?と気づいたのです。

投稿: maa | 2019年4月18日 (木) 19時07分


>1964-1967さま

ヨハネの写真のっけ。できますよ!タイマー隊はわかるのですが、あとは知らない子ばかりだなと思ってながめています。2~3時間お待ちください。

83番のソロがなんとロスナー弟クンですか? ヨハン君の声はテレビの録音で聴いたことがあるのですが、昔のテープだから音が伸びてしまって、実際の声とはちがうだろうなと思っています。兄弟だから同じアルトできっと似ていますよね。ponkoさんはヨハン君の声は覚えているらしいですが。なんか発掘がすごい!

投稿: maa | 2019年4月18日 (木) 19時24分

maa 様
「秋の歌」聴きました。左側の人マンチュさんですね。すごいところに気付かれましたね。

お忙しいところ早速に写真を載せてくださってありがとうございました。 じゃぁ、いきます!
上から二枚目、前列で、黒いカバーのスコアーブックを持って少し顎をあげて歌っている人、マンチュさんです。
一番下4人並んでいるうちの左側の人もそうです。その隣はフルトモーザー組のソリスト、ルドルフ・マンさんです。
家にはガラクタの山がいいくつもあります。まだ山脈にはなていないから良いかと.....
まだ、名簿がでてこないのです。あれがあるとお話が分かり易いし早いのに。
レオポルトさんの声ちょっと覚えていないかも。来日中は、お兄さんとかペーターさんとか年長のアルトソリストがいたので、弟さんのみの声って、ちょっと覚えていないですね。でも、83番は上手ですよね!

投稿: 1964-1967 | 2019年4月19日 (金) 11時20分


1964-1967さま

50年以上前のウィーンの元団員のかたが大切にしていた録画と私たちの思い出のビデオ(Chor del Welt)が、同じ背景でつながりましたね。おまけにヨハネのレコード録音やその時の写真まで残っているのですから、こんな奇跡的なことめったにないと思います。

この写真ではセーラー服を着ているときとそうでないときがありますから、一度で撮影されたわけではないようですね。
フルトモーザー先生が亡くなられたときにウィーン少年合唱団のFBで紹介されていた動画があります。埋め込みコードがありますからシェアできるようです。そこに67年組より一世代前のメンバーが写っているので、64-67さまにも見て頂きたいです。シルハネク君も写っているのですが、彼もフルトモーザー組でしょうか? ここではスペース的に無理なので、次回ご紹介しますね。もしかしたらルドルフ・マン君もいるかもしれません。

64年組の録音といえば、どうしても東京オリンピックのテーマが収録されたLPレコードのイメージが強いです。シャーリング君のような名ソプラノがいて、なぜクラシックな大曲の録音がないのかって思っていました。でも彼らにはクリスマスとChor del Weltの映像がありますからね。でもそんな中で、もしレオポルド君がバッハを歌っていたら本当に嬉しいですね。

投稿: maa | 2019年4月19日 (金) 20時24分

maa 様
それもこれも熱心なオールドファンの皆様のお陰と感謝しています。勿論 maa 様の妄想も含めて(笑)

ヨハネで制服を着ているのは、写真撮影用の日、私服はそうでない日だそうです。ヨハネでは、マルシャートさんがアルトソロを歌っていらっしゃいますから、フロシアウアー組は大曲の録音にも参加していたのですね。ただ64年当時のメンバーとは少し代わってたでしょうけれど。

動画の紹介宜しくお願いします! フルトモーザー組の昔のメンバーが見られるなんてとても興味があります。それについて、maa 様の妄想も聞かせてくださいね。待っています。ただ、そういう悲しい出来事は本当に残念に思います。
シルハネックさんは、マンさんの前のソリストだった方です。抜群に上手だった方だと聞いています
。「青きドナウ」のトニーの指揮で「青きドナウ」を歌っているシーンには、マンさんもシルハネックさんも映っています。
シルハネックさんのソロは、あのアレルヤと聖ニコライミサで聴くことが出来ますね。

"トーキョーオリーンピック ♪♪" ってね、良いですね!

投稿: 1964-1967 | 2019年4月20日 (土) 01時12分

1964-1967さま

本日はフルトモーザー先生と教え子たちの動画をシェアさせて頂きました。シルハネク時代とマン時代があって、タイマー世代の67年組になっていくのかなと、ちょっとずつ変わっているメンバーの写真をご覧くださいね。マン君はどこにいるか、私にはわからなかったけど。
この時代にこだわるオールドが健在なのは、それだけウィーン少年合唱団に魅力があるということ。そうして自分の少女時代にも思いを馳せていらっしゃるのでしょうね。あのセーラー服は、ある意味タイムマシーンみたいなものですね。

ヨハネ録音の写真の中に、フロシャウアー組がいないのは残念でした。せめてマルシャート君だけでも、見たかったです。
私は聖ニコライミサが大好きで、あのソロを聴くと晴れやかな気持ちになります。

投稿: maa | 2019年4月20日 (土) 20時53分

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