« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »

2019年9月

2019年9月29日 (日)

10月からののコンサートなど、いろいろ。

01

最近ずっとウィーン少年合唱団の古代テーマが続いて、他のことに思考がいかない。

モーコア4年生が卒業して次世代になってから、推しを失った私はひたすら年表をさかのぼっています。1940年代とかは資料もなくレコードもSP盤で幻に近いものですが、戦争を経験した子たちが80歳代の年齢になって雲の上の天使クンになってしまう今日この頃ですから、古い写真を見ているだけでもせつないのよ。フロシャウアー先生もその世代でした。

 

気分を変えて久しぶりにコンサートに行こうかと思っていたら、開催が平日の昼間で自分は行かれません。

来日するのはハンブルク聖ニコライ教会少年合唱団です。

今年6月にハンブルクで共演があり、この秋に合唱団が来日することになったそうです。

https://www.hamburg.emb-japan.go.jp/itpr_ja/tokai_masters_orchestra_knabenchor_st_nikolai_konzert_2019_japanisch.html

 

10月4日金曜日ですが、チケットは完売したそうです。
http://www.jgcc.or.jp/index.html

69016937_2694589260623135_53781879496135


10月10日には、静岡で日本人アーティストとともにハイドンの「天地創造」を歌います。

https://www.shirakawa-hall.com/schedule/event/20191010/

大阪とハンブルクは姉妹都市なので、きっと大阪でもコンサートがあるでしょう。← 今は情報なし

 

 
Altkirchlicher Hymnus "Veni Emanuel"

01

🎶  あとはリベコンがあります。

10月21日、22日 オーチャードホール、25日グランキューブ大阪です。

リベラはファンクラブのイベントがいつもありますから、ファンのかたは私よりずっと日程を詳しくご存じだと思うので、ここではこんくらいにしておきます。私は1回だけ行くことにしました。リベラはふわふわと気持よいので聞くだけで満足です。・・・と言いつつ、いつもサイン会まで並んでいます。なんか買物しないとサインもらえないのでCD買うのですが、前回買ったCDを封も切っていない状態なので、またCDたまるかなあ・・・  St.フィリップスとか、化石みたいなの復刻すればいいけど。

https://libera-records.com/news/2019/09/14/1173/

 

 

 

主催はTBSなんですね。ドラマ「下町ロケット」の関係でした。テレビ出るかどうか注意しておきましょう。「ヘッドライト・テールライト」・・・聴きたいですよね。

 

 

NHKの「プロジェクトX」が好きで、特にビクターの副社長ミスターVHSのストーリーは、涙なしで見られなかった。亡くなった時、横浜工場に棺を乗せた車が立ち寄り、社員全員で見送ったラストは忘れがたいものです。ヘッドライト・テールライト」も好きで毎週中島みゆきさんの歌、聴いていましたね。

あの番組はちょうど自分らの父親世代の健闘を描いたドキュメントだったので、昭和の親父たちがどんだけ頑張ったか、お金にならないことも信念でやっていた人たちで、ある意味でシュニット神父につながるんです。あの人もプロジェクトXの主人公になれると思うな。

 

 

🎶   日経ミューズサロンでは今年チェコ少女合唱団イトロのコンサートを行います。

11月25日(月)日経ホール 18:30

 

🎶  12月にはボニプエリがクリスマスコンサートをします。

12月5日(木) 東京カテドラル マリア大聖堂 19:00
12月6日 (金)カナックホール 19:00
12月15日(日)兵庫県立文化センター 14:00

 

クリスマスはコンサートが嬉しい。

ベルリンではハイドンコアがベルリン大聖堂でコンサートをするそうです。いつもはコンツェルトハウスですが、今年はなぜでしょうね。大聖堂が芸術そのものですから、そこにWSKの歌声が響くと思うと、倍掛け以上に素晴らしさが想像できます。

 

🎶   日本の合唱団はこちらの日程です(詳細は未定)

TOKYO FM 少年合唱団 クリスマスコンサート2019 
12月21日(土)、22日(日))TOKYO FM HALL (時間未定)
※チケット:10月下旬発売予定

帝国ホテル クリスマスイベント 
12月25日(水)午後の予定

 

🎶   暁星小学校聖歌隊のクリスマスコンサートの日程はまだ見つかりませんが、飯田橋のホテルメトロポリタン・エドモントや、玉川高島屋など、今年もあるかもしれません。

 

01

ということで、クリスマスはいくつかのコンサートに行けそうです。

さてここで、パリ木の懐かしい動画がアップされていた話題です。懐かしいといっても経験値のない私のことですので、せいぜい10年前。

2008年来日パリ木でした。でも今思うとあの時の歌声は、たぶん私にとっては最初で最後の、パリ木らしい声だったのですね。

それから8年ぐらい来日せず、久々に聞いた声はちょっとちがった。指揮者もかわって、アカペラ率も減った。今は専任ピアニストがいるみたい。ツアーに同行してるかどうかは、よく知りません。

その動画には字幕があったので、読み取ろうと努力しました。努力です! でも字幕がたった2行で、どんどん消えていくので理解が追いつかない。何度も聴きなおしましたけど、最後はわからなくてあらすじのみになりました。

主人公は2人。パリ木に憧れているジェレミー君と、団員として最終学年になったソリストのブノワ君。

時は2008年。たぶん来日前の秋ぐらい。なぜなら日本で歌った達郎さんの「クリスマス・イヴ」を練習しているから。(2:30のあたり。)

 

 

 

長いナレーションはパリ木の成り立ちとかの説明でした。CD(レコード)を1000万枚売り上げたというのは、どうかな?盛ってるかなって感じます。そしてパリ木出身の有名人たちの紹介。

最初に登場していたのは、パリ木のオーディションを受けるために数週間自宅で練習をつんでいたジェレミー君。この日の午後オーディションがあるのです。自室にポスターなんか貼って、彼らへの思いは熱いです。ママンはキッチンで料理する時もシャワーをあびるときも、常にジェレミー君の練習を気にかけてきました。

パリ木の寄宿舎での一日、或る日の朝6時半に起床。この日は学校のあとにコンサートがあります。

ブノワ君14歳は、ご両親が9000Km離れた海外県のレユニオン島で暮らしているとのこと。それで彼は5年間親御さんに会っていないのです。

(2008年の12月ごろ、確かパリのTV番組にママンが招待されて、それがYouTubeに上がっていたことがありました。)

そのことについて、「最初は怖かった」でもそんな特別な生活環境の中で、仲間たちは結束し助け合い、自分は自立することを学ばなければならなかったと言ってます。(すごい意訳です) ブノワ君は残念ながらここ数年のうちに高い声と別れなければなりません(変声が近い)

練習風景で、マチュー君、ガブリエル君、ブノワ君が日本語で歌っていました。💕 💕 💕

そして午後オーディションのときには、ブノワ君たち団員は受験生のホスト役になって声をかけてあげます。この日受けたのは19人でした。

先生の前で小さな子たちは緊張しています。隣で笑っているトマサン先生が審査について話しています。

「準備はいい?」と声をかけられジェレミ君が歌い始めますが・・・・。

常に新しい声を探していますが、選考の基準はただ純粋な声であるだけでなく、まさに健康的な声であり、耳で聞いた音を正確に再現できるかどうかなどがあります。審査にパスした8人の中にジェレミー君は入れませんでした。

でもママンは楽観的で、ジェレミー自身も落ち込んではいない様子。四半期(3か月?)先のオーディションのチャンスを待つことになりました。こうして毎年20人が新しく加わっていくそうです。

 



思えばこのクラスは、ソリストがたくさんいました。とっかえひっかえ、演奏中に後ろから出てきて、また元の位置に戻ったりを繰り返していました。テナーの子もいましたが、全体的に声が高かったので、私は67年のテレビぶりに見るパリ木が想像以上だったので、凄く嬉しかったです。

指導者や学校組織は変わりましたが、パリ木は今もオータンという生きる場所を得て活躍しています。でもウィーン少が変わったように彼らの歌も昔と違います。60年代~80年代を知るかたにとっては、昔、大昔、古代・・・やはり変化があるのですね。私は90年代も好きで、「Musique Universelle」がなくてはならない曲ですから、大昔までさかのぼらなくても全然いいのです。でもたぶん、90年代の声にも、もう戻れない気がします。

フランス国内にあまたあるプチ・シャントゥールたちは、全体的に甲高い声でしたが、それもだんだんと普通になってきた感じです。

ブノワ君が歌う声は、ウィーン少のような頭声による天使の声ではありませんが、ナチュラルで個性があり無理なく歌う様子に好感を持てました。彼はこの声で、アルトパートだったのです。

 

 

 

01

| | コメント (10)

2019年9月17日 (火)

昔こんなソリストがいたんだよ・・・1967年(レコードではありません)

 

 お知らせ: 初稿いらい、追記増殖中です。 9月21日追記3まであります。

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

Fn120043-141x200

 

素晴しいソリストだからといってレコードやCDを残せるわけじゃありません。それはタイミングでしかない。

たまたまレコーディングの企画がなければ、プロの手によって声を残すことはできません。

今はどこのおうちにもテレビを録画できる用意がありますけれど、ビデオそのものが一般的ではなかった60年代に、それでも「音」だけでも録音するぞと頑張ってくださったかたの、「音の遺産」を少しですがご紹介します。

 

 

1967年 グリーン・スリーブス  

 

キリアン君は一番人気でした。最初のうちは64年が忘れられませんでしたが、キリアン好きの友達がいて、部活のときに楽しく話をするうちに、かたくなだった気持ちもほぐれていきました。

2006年のコンサートプログラムにインタビューが掲載されていました。大手企業のトップとして活躍されていましたが、その後会長職に退いたと聞いたことがあります。リタイアしたら日本に旅行に行きたいとそのインタビューでは答えていらっしゃいましたけれど・・・、今64歳、どうされたでしょう? 日本にはキリアン君を覚えているファンがたくさんいますよ。

下の画像で左端がマンフレート・キリアン君

Img561-480x359
1967年合唱界

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

6月に当時の合唱界を何冊かファン友さんが貸して下さいました。コピーしていいですよと言ってもらえましたが、ちょうどウィーンに行くまえで、仕事と週末のコンサートや旅の準備で忙しかったので、少ししかコピーできませんでした。でも綺麗に保存されていて驚きました。また合唱界は読者からのイラストや写真提供が多かったので、ファンの方の写真のほうがオフ感があって素敵でした。

その中にキリアン家の写真がありました。ご両親とご本人と弟くん。パパが今のキリアン君にそっくりですが、もっと痩せていました。

 

Img567-640x481-480x361
1967年合唱界

この画像の左端はヨハン君、私たちはヨハンと呼んでいたけれど、本当はヨハネス ⇒ ハンネス君だったそうですね。弟クリスチャンと一緒に来日しました。賢そうな瞳が印象的な少年でした。

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

ヘンデルのOccatinal Oratorio HWV62 ・・・直訳で「機会オラトリオ」とも言われます。YouTubeには序曲が数本、全曲演奏で1本しか上がっていませんが、このデュエットはボーイソプラノで他でも聞いたことがあります。2幕9番でテナー(カウンターテナー)とアルトとのデュオ形式で歌われます。

ヘンデルは英語バージョンが一般的ですか? 「After long storms and tempests overblown」と英語で歌われていますが、私はこの67年組のドイツ語が好き。

 

Nach langer Nacht、1967年

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

最後はモーツァルトの「リボンの三重唱」Bandel terzett です。可愛い曲で好きな方多いと思います。レコードでは50年代初期のラコビッチ指揮で歌われているのがとても素敵です。

モーツァルトが出かける前にリボンが無いことに気づき、妻のコンスタンツェに「リボンはどこ?」と探し始めます。そこへ友人が現れるのですが、ウィーン・モーツァルト少年合唱団が演技を見せてくれています。これ79年で古いのですが、チューリッヒ少年合唱団の新しい動画ではコンスタンツェの代わりに男の使用人みたいな設定になっています。・・・なんかもう、女装がアウトなのかな? でもエピソードを踏まえると使用人では面白みに欠けます。 

 

 

 

話題がそれますが、カペルマイスターのことを調べているときに知ったことです。すごくざっくりですが下記。

61年来日のゲルハルト・ランク先生の息子さんペーター氏もWSKの団員から ⇒ 86年~89年カペルマイスターの道を歩まれましたが、その後WSKを離れ1994年にモーツァルト少年合唱団の指揮者となりました。しかし合唱団は95年創設者のシュバルツバウワー教授の死とともに活動を停止します。95年にペーター氏が音楽監督として新たに設立しますが、法的な問題が残り同じ名前Mozart Sängerknabenは使用できず、Amadeus Knabenchor Wienとして活動を引き継ぎました。

2006年モーツァルト生誕記念の年に正式にMozart Knabenchor Wienという名称を許可されて今日にいたるそうです。上の動画はMozart Sängerknaben の時代。

ちなみに82年の来日公演に行かれたかた、いらっしゃいますか? この動画の中に日本に来た団員くんもいるのかしら? 友人から東京公演のフライヤーをもらったのですが、リボンの三重唱も歌っています。第二部が楽しいオペレッタと書いてありました。演目は何だったのでしょう? 

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

この録音はデータ量が多かったので3MBに抑えるためすこし音質が落ちたかもしれない。

Bandel Terzett、  1967年

1. 9月18日追記ソリはレーナー君、キリアン君、ミクショフスキー君(アルト)だそうです。ponkoさまより

彼らをご存知ないかたへ。下の全員集合写真で、後列センターに並ぶ背の高い4人のうち、左からレーナー、キリアン、一人置いてミクショフスキー君です。

2.9月19日追記:コンサートでのソロ情報(会場によって異なる場合もあります)1964-1967さまより

ラッパを吹き鳴らせ・・・キリアン、アーラ
グリーンスリーブス・・・キリアン
オラトリオより・・・キリアン、アーラ
小さなリボン・・・
 キリアン、レーナー、ミクショフスキー
渡り鳥の別れの歌・・・ミクショフスキー、アーラ
僕は若者(2番のソロ)・アーラ
城ケ島の雨 ソロ部分 ・アーラ

東北方面でのコンサート  エソラさまより

グリーンスリーブス・・・キリアン
マリアの子守歌・・・アーラ

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

YouTubeには67年のコンサート録音(テレビ放送の)をアップしてくださっているかたがあります。でも上の3曲はその中にはなかったので、他に2曲、音がきれいだった宗教曲を加えて公開動画にしました。

ダハシュタインのときはここだけの限定だったので切り抜き写真とかメッチャ使いましたが、公開ではさすがにそれは大人として控えなければならないので、アウグスティーナ教会やその他ウィーンで撮った写真でまとめました。(往生際の悪いヤツで、1枚だけ地味な67年の写真を忍ばせました。そこだけ思い出・・・)

 

動画あるなら最初から言えよですね。そうなんですが、ひとつずつお話するにはバラバラの音声ファイルのほうがやりやすかったのです。

 

Img575_2jpg-700x363
1967年合唱界

 

地味な動画です。5曲11分ほどあるので、時間のあるときに気が向いたらご覧ください。

最初の2曲とグリーンスリーヴスは、新宿厚生年金会館でのCプロの録画放送・・・4月8日放送
Nach langer Nacht、Bandel terzett は、NETのスタジオから・・・4月29日放送
以上 放送日の情報は1964-1967さまより頂きました。

 

 

*:.。. .。.:*♪゚*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*♪゚・*:.。. .。.:*・

 

3.追記:9月21日   

その後全部のカセットテープをチェックしてみたら、ショー番組のインタビューと演奏も少し入っていました。 アフタヌーンショーと言う言葉が聞こえました。基本は生放送のワイド番組ですが、67年のいつの放送かわかりません。なんかおおざっぱな録音だなぁ・・・なんていうと録音したかたには失礼ですが、生活音が入っていたりもします。でも私がこういったテープを探していたとき、ちょっとやそっとの雑音なんてどうでもよかったことを思い出しました。

どこかで公開するなんて頭になかったし、自分が聞いて思い出にひたれたらいいと思っていました。今は少しこなれてしまって、良い音だけ選んでいることに、なんかそれは本心ではないのよと思っています。音が小さくて高音は割れてしまっていたり、綺麗なデジタル音になじんでいる耳にはどうしようもなく劣化した状態でも、実際はどの演奏も懐かしいのです。

贅沢をいったらきりがなく、最初のころの気持ちに立ち返ってみました。50年前の普通の人がよくやってくれたよと本当は思っているのです。

YouTubeに上がっている67年の録音はナレーションもほとんど消してないので、完全ではなくとも番組の様子が垣間見えますね。それがいいんですね。私が頂いたテープは3種類ほどあるのですが、編集してあるので演奏の流れは見えにくいのです。頂いたコメントから2回の放映分の一部が録音されているらしいとわかりました。

前置きが長くなりましたが、スタジオ録音の音を聞いていたら、司会者の桂小金治さんの声が聞こえて、生番組独特のまとまりのない空気もなつかしいなと思えました。最近のワイド番組の出演ではせいぜい1曲しか歌わせてもらえないですが、67年の収録では5曲録音されていました。1時間番組でなんという時間の使いよう・・・

最初の2曲はスカルラッティの喜び歌えと、ソロパートもあった放浪の民ですが、どうしてもこの2曲はテレビのブラウン管がうなる音と生活音も混ざってしまうので、3曲目からファイル分けしてここに貼れるようにしてみました。(音は期待しないでください。)

※放送日は1967年3月28日 とわかりました。(1964-1967さまより)

 

Das Echo  こだま

シトロンの花咲くところ  ・・・キリアンの声かなと思います。

 

なんならPCのスピーカに耳をちかづけて子どもたちが答える声も小さくきこえます。通訳は金子エリカさん。

城ケ島の雨(最初のうち騒々しい・・・)

 

皆さんは本当の美しさをご存知だから、それを思い出して自分の心の耳で50年前の音に修復していただけたら嬉しいです。

 

 

 

| | コメント (70)

2019年9月10日 (火)

NHK クラシック倶楽部 オンエア ・・・そして新旧ブルックナーへ♡ ありがとう

B_ornament_69_1s

 

台風が関東地方を直撃しました。一晩中ほとんど眠れませんでした。お住まいの地域は大丈夫でしたか?

 

さて9月2日にブルックナーコアの東京芸術劇場ライブが放送されました。

芸劇での自分のレビューを読みなおしてみましたが、あの時の印象よりテレビはおとなしいと思いました。自分の心持ちが変わったから、そう感じるのでしょうか?

いやちがう。ブルックナーは歌っていないときが楽しいの。先生も子どもたちものびのび自由ですから、行間が楽しめるコアなのだ。

ピアノが左端にありいつもと違う配置だったので、登場したときからboysには普段と違う空気がありました。勿論テレビカメラが入っているので気合がちがう。でもテレビではその特別な気配は感じられず整然と始まりました。

開演を待っている時は自分もわくわくしているから、相乗効果で空気も変わるんですね。

 

B_ornament_69_1s

 

NHKのオンエアは上質な記録として放送されました。

5月初めからコンスタントに聴き続けて、前回とどうちがう?とか、今日は誰がソロ?とか、毎回楽しみで通っていたことを思い出します。

改めて卒業したメンバーたちの歌う姿が、ほんの3か月前のことですが懐かしく思えます。

新学期が始まり高校生になった彼らを想像します。付属に進んだ子たちは、ホーフブルクの堂役としてこれからスーツとネクタイでミサのお手伝いをします。ジョンミンたちのようにスコラで歌う子もいるかもしれない。いてほしいですね。

さてコンサートが大人しく感じたのは、マノロ先生を目の前にしていないせいもありますね。カメラがとらえた先生は、そんなにはじけてないです。カメラの角度が2階右から入るので、ピアノを弾く姿がよく映し出されました。すごく神妙な表情。

 

B_ornament_69_1s

 

放送内容は、う~~ん? やはりいろいろと編集カットされた曲もありました。

カルミナ・ブラーナ、メンデルスゾーンのモテット、レジナ・チェリも聴けませんでした。でもヴィルトさんの内なる平和はあるんだ・・・ 

メンデルスゾーンの重唱は、日本中の人に聴いてほしかった。ソロらしいソロがフィリップしかなかったので、あの3曲は精鋭メンバーのアンサンブルですからいいと思うんですけどね。そしてもうひとつ残念なのは音楽じゃなくて、メシューのMCがなかったことです。

あれ?なんか足りないぞと思ったら、オー・ソレ・ミオとその前の素晴らしいMCがなかった。演出過剰の曲はNHK的にアウトなのかな。笑・・・曲はともかく? 笑、メシューの話す声、曲を紹介する仕草が好きで、ぜひ録っておきたかったの。だめだったか。~💔

でもすごくシンプルに、「ふるさと」2番の重唱が記憶よりずっと美しくて新たな感動となりました。いつもは全員で3番まで歌いますが、こんなアレンジも素敵です。

3番の ♪ こころざしをはたして~   強すぎず良いと思います。他のコアはここを強く歌いすぎると、いつも思っていました。いつの日にか帰らん ・・・ でも日本人の故郷は、『遠きにありて思うもの、そして悲しくうたうもの』・・・でもありと、私は解釈しています。

 

ま、なんだかんだでオンエアは嬉しい。

「雷鳴と稲妻」の日本語訳が面白かったです。歌の主役はマイヤーさんなんだ。ワルツ・ポルカの歌詞をもう一度復習しましょう。意外と知らなかったです。

 

 

Tv10-1024x576

Tv4-800x617

Tv9-800x598
Davidの日本語はきれいでした。先生のリアクションもナイス。

Dsc04977-480x360

うちの窓ガラスが写ってしまいました。・・・気にしない。

 

B_ornament_69_1s

 

 

今日のタイトルに、ブルックナー新旧と書きました。「新」は今年の子たち。

「旧」は、ブルコアたくさんいます。4年前のブルックナーは個性豊かでした。2011年に地震のため来日できなかったのもブルコア。そのうちの一人と、6月にミサのときに偶然会えました。

83年もブルックナーです。72年も・・・

 

でも一番最初のブルックナーコアは、私の知りうる限りフロシャウアー隊でした。それより前の50年代初期は、どのカペルマイスターにつながるのか、昔すぎてわからない。

55年に初来日したトラック隊は、その後モーツァルトコアと呼ばれることになります。「いつか来た道」に出演した59年のマイヤー隊はシューべルト。61年に来日したランク隊はハイドン。

日本のファンは長らく来日した年で呼び分けていました。67年組とか69年組というように。

タイマー隊は2回続けて来ましたが「年」で言えば、どちらの時の隊のことかすぐにわかります。同じコアでたった2年しか離れていないのに、メンバーの半数は変わっていました。2回来られた子たちの成長ぶりには驚きましたね。

その習慣もあまり使われなくなりました。インターネットでリアルタイムの情報がわかるせいで、4つのコアはピンポイントの思い出ではなくなりました。

64年組は私にとっては原点です。幸いにも彼らは映像やレコードを残してくれました。ただ来日から半年以上あとのことだったので、何人かの上級生たちは相次いで声変わりのため退団していました。彼らの歌声が一期一会だということは、だから本当にそうなのです。

 

フロシャウアー先生とお別れしなくてはならない時が来てしまいました。今日お身内でご葬儀が行われるそうですね。先生は永い眠りにつかれましたが、別の世界では若くして先に逝った天使クンたちが待っています。そして先生と少年たちがもたらした美しい音楽は、私たちの中でいついつまでも生き続けます。

 

私はテレビで見たたけでコンサートにも行っていない、王子さまのような少年たちに憧れていただけの引っ込み思案な子でした。今こうしてオールドファンの方とお話できる場にあることを改めて感謝します。

 

 

B_ornament_69_1s

 

 

 

 

古いテープ録音なので、ご承知おきください。

 

B_ornament_69_1s

 

| | コメント (18)

2019年9月 1日 (日)

本当に古い音源を愛おしく感じてしまったセンチメンタルな夏の終わりです

Fn100021 Fn100021 Fn100021

しばしの夏休み中に古い書籍を読み直したり、カセットテープやデータの整理をしていました。

その本は1960年代に発行されたもので、ウィーン少年合唱団のそれまでの歴史などが写真とともにまとめてあります。ま、古い人は誰でも知ってる。

ご存知のように彼らは最初からアウガルテンにいたわけではありません。今と昔とではちがうよと言ってしまえばそれまでですが、歴史を知ると順風満帆ではない中で、私財を投じても合唱団を守ろうとした人がいて、歌い続けた少年たちがいた。

そんな健気な時代の演奏が入ったカセットテープが出てきました。録音は1949年頃。

いただき物なので、もとの音源について詳しいことはわかりません。SP盤かなぁ?

とにかく久々に聴くことになりました。すると、音はピャラピャラですけど、いくつかの曲はアレンジが今と全然ちがった。そして歌が上手だった。本当に驚くほど上手だった。

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

ここで歌ったソリスト君たちは自分の録音を聞いたのでしょうか?

本来の声は、もっともっと素敵だったと思います。たぶんもう少し落ち着きのある声。でも私はそれなりに気に入ったのでカセットで数回聴いて、デジタルにして10回以上聴きました。素人考えですが、アルトは昔の録音技術でも忠実に再現されています。もとのキーが3度くらい高い音で始まるシューベルトの「夜鶯」は、アルトが少年アルトらしさを残していました。

でもオクターブぶっとんだようなハイソプラノも、10回聴くと慣れてしまうの。なんか哀愁を感じる。それほど上手なのです。

詩編23、羊飼いの乙女、ゴンドラ漕ぎなんかは、わりと普通のコーラスでしたが、「セレナーデ」「夜鶯」「リヒテンタルから」「チロルの子守歌」は、アレンジも歌唱力も何とも言えず素敵だったので、その4曲を選びました。私は耳がピャラピャラに慣れてしまったので、平然とこんなこと書いていますが、初めて聴く方にとっては、「あ、超古い」ふふふ。昔の音ですからね。

1949年と言えば戦後まもなく採用された世代です。高い競争率だった採用試験に合格した真に才能ある少年たちでした。64年組カペルマイスターだったフロシャウアー先生は33年のお生まれで、団員時代の写真には46年と書かれていました。マイヤー先生もトラック先生も同じ頃に団員でした。そんな時代の子たちが歌っています。

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

画像は1950年代のコンサートプログラムから、なるべく古いデータを借りています。たぶん40年代の写真もまざっています。新しいものでも1953年です。

この中でいくつか好きな写真がありました。

「夜鶯」の途中でオペレッタの写真があります。二重あごになって歌う兵隊役の少年と娘役の少年。

兵隊さんと娘・・・これは「ウィーンの昔の物語」でしょうか? だとしたら、フランツとミッツィですね。二人ともソプラノで、ミッツィ役の子はおそらくこのコアのトップソリストです。このオペレッタの一連の写真があったので載せました。

それからオペレッタ写真の前に入れた画像で、ガラユニフォームで階段を降りてくるショットも好きでした。見ていると声が聞こえてくるような雰囲気があります。

解像度はあまり良くないのですが、二重あごで一生懸命歌う写真を見ながら、本当は良い声で上手なのにピャラピャラしてしまった録音を聴いていると、この子たち今ごろどうしてるだろうって・・・。もう80歳に手が届きますよ。 

 

 

 

 

Img_0010-2

1948newyork

可愛い兵隊さんと娘さんは、イラストになって表紙をかざりました。二重あごじゃなく、イケメンになって。(1948年プログラムより)

古いプログラムを繰っていたら、オッフェンバックの「厄介な婚約」というオペレッタがあり、やはり兵隊と娘役がいます。こっちかしら。王位継承者になるよう王子として育った姫と、戦争に取られたくないからと娘として育てられた青年の婚約。他愛もなくて楽しそうです。

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

長い人生の中のたった5年間。

でもその5年間でこうして人を感動させる経験を彼らはしています。それは昔も今も同じですが、今は社会が子どもたちを守ってる。でも昔の合唱団は組織力も小さく、理不尽な世の中で戦争もあった。当時は彼らのユニフォームに国家の紋章はついていませんでした。それでもオーストリア文化の担い手として何ヶ月もかけて海外公演に行き、王宮礼拝堂で歌う聖歌隊としての地位も維持し続けました。むしろそれが彼らの本領だったように。

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

 

今日から9月。カレンダーをめくりましたか?

欧米は新学期ですね。モーコアは10月から長いアメリカツアーが始まります。12月にはニューヨークでクリスマスコンサートもあります。行けないけど・・・・。 可愛いバレンティンが良いソリストになっていますように。

 

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

 

9月3日 追記:シューベルトの「何処へ」ドイツ語でWohin? という曲があります。1956年頃の録音でトレチェック君の可愛い声が有名です。

先日「古いレコードより」と書かれたカセットテープが出てきました。以前知人からテープを借りてダビングしたもの。すっかり忘れ切っていました。 曲目を見ると、Nachthelle、Wohin?、Das Wandernなどシューベルトが6曲。聴いてみるとWohin? はトレチェック君のソロではなかった。Das Wandernは「さすらい」としてレコードでも聴いている録音でムント隊の演奏でした。

ただカセットテープなのでノイズもあるし、このまま聴いてもらうかどうか、しばし考えました。

すると、合唱の神様が下りてきました。💕

たった一言。Wohin で検索しただけなのに、デジタルミュージックにヒットしたのです。こちらです。ああ、またこの会社でしたか。

https://www.amazon.co.jp/gp/product/B074TDM769/ref=dm_ws_sp_ps_dp

 

このシューベルト・シューマン集はおそらくすべてムント指揮だと思います。日本で発売されたLPでムントさんの名前入りで8曲あり、海外のEP盤などの情報でも数曲ありました。とても大人っぽく、シックな印象です。このうちアベマリアは、先日動画にしたマンチュ君のでした。アフレコだったのですね。でもマンチュ君がムント隊にいた時の録音ですから、どうかご本人の歌でありますように。

「Wohin?   何処へ」 ムント指揮です。いい声ですね。💕

 

 

そろそろ、メンデルスゾーンの秋の歌が聴きたい季節です。

 

Fn100021 Fn100021 Fn100021

 

またしても追記9月6日: 今回の先史時代懐かしと思う内容に連動するような、古い映画のハイライトシーンがYouTubeに投稿されました。

Singing Angelsと書かれていますが、原題はドイツ語でSingende Engel と言います。2015年にORFで放送されたそうですが、ウィーン少が出演しているんですね。

制作は1947年です。ちょうどフロシャウアー先生と同世代のBOYSです。チロルの山荘に疎開したりランゲ通りの小さいお城でグロスマン先生の教えを受けた健気な世代。もしかしたら戦後すぐに、シュニット神父がタイプで打った団員急募の貼り紙を見て応募してきた少年もいるかもしれません。

テレジアミサのソロが美しいです。ドイツミサ曲とかも聞こえてきます。ハイライトなのでストーリーは解りませんが、以前こちらで解説してくれていたのでご参考までに♡

https://ponko3.at.webry.info/201506/article_1.html

 

 

 

最後のシーンで第二次大戦で被災したシュテファンドームが映し出されます。1947年にはまだあの状態だったんだと思うと胸がつまります。オーストリア国歌が何をか語らん・・・    ラスト、聖堂の中にたたずんでる巻き毛のおじさんはハイドンですって。

 

*******************

50年代後期の神父様のひとり、シュニット神父が他界されたあと1970年まで合唱団と王宮礼拝堂の神父さまでもあったブロインガー博士です。

Img640-800x473

| | コメント (57)

« 2019年8月 | トップページ | 2019年10月 »