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2019年11月 2日 (土)

素朴さゆえに、こよなく美しい Laudate dominum

 

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秋になってから連休が多かったですね。

連休が多いということは、平日が少ないということですが、仕事の量は変わらないので、均等割りすると毎日忙しい。来週余裕でやろうと思っていたことがヤバイ。・・・・・なんか疲れた。

青山でドイツフェストやっているので、連休のどこかで玉ねぎのケーキZwiebelkuchenを食べに行こうかな(ビールも飲もうかな)と思うのですが、玉ねぎのケーキが見つかるかどうも実はわからなくて、カレーブルストでもいいか・・・

ハナミズキの葉は今が一番秋らしく色づいています。

 

ウィーン少年合唱団の古代検索は楽しいですが、わからないものは何をしてもわかりません。ネット上には探すと元団員がいます。個人で古いフィルムを持っていることだってあるかもしれません。でも見ず知らずでメッセージを送るのは勇気ですよね。あれこれ考えて無力な自分に疲れました。

 

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先週natalさんがこの動画をSNSにアップされていました。

カウンター・テナー歌手クリント・ヴァン・デル・リンデのトレブル時代。そう、ドラケンスバーグ少年合唱団です。

歌唱力ゆえにネット上で注目されるのは「夜の女王」のアリア。それは確かに素晴らしいのですが、私はこの曲を少年が歌うことをあまり好まない。物語とはいえ復讐の炎ではらわたが煮えくり返るような歌を、合唱団の子どもは歌わなくてもいいです。それはオペラ歌手におまかせしておけばよい。

魔笛だったら、三人の童子を歌ってほしい。

少年には少年の、ボーイソプラノだけが持つ固有の美しさがあります。

ソプラノ歌手が100人かかっても、宗教曲のいくつかのアリアはボーイソプラノにはかなわない。

それを一等感じるのは、例えばこの「Laudate Dominum」なのです。

 


Clint van der Linde

赤いラインの入ったおそろいの丸首シャツと短パンのboys。これに黒いサンダル履きで・・・私はそのサンダルがお気にりで、古い映像を見て喜んでいました。いつもの青いユニフォームは来ていませんね。それどころか普段着で超自然児のドラキーズ。リハだったのでしょうか。まだ日本に来ていなかったころの何のしがらみもない貴重な映像です。

コメント欄によれば、これは1992年らしい。ダーバン大聖堂の隣りの礼拝堂だった・・・と。あまりよく覚えていないようですが。そんなことが書いてありました。エンドロールの向こうで指揮をする若きBunny=クリスチャン・アシュレイ・ボータ氏。

目を大きく開いて豊かな表情で歌うクリント君の姿から、音楽への喜びが伝わってきました。

 

ついこの間、BS-NHKで放送されたアナザー・ストーリーズという番組で、元南アフリカ大統領マンデラさんを取り上げていました。その切り口は「ゆるし」というテーマでした。27年間投獄生活をおくりながら、白人を恨まず共に国を築こうと呼びかけたマンデラさん。彼にとって黒人と白人が一緒に歌うドラキーズは、南アの将来につながる希望の存在に思えたそうです。

アパルトへイトが撤廃されたのは94年。その前からドラキーズには黒人の団員がいました。アフリカの歌を歌うのにアフリカの子どもがいないのはおかしいという率直な考え方だったときいています。テレビではその第一号の元団員ズワイと弟のロイソがインタビューに応じていました。最初はテープに歌を吹き込んで送ったそうです。写真も履歴書もなければ、黒人だとわからないだろうからとズワイが話してしました。

実際に会って黒人だとわかって驚かれたそうですが、音楽監督(おそらくBunnyのこと)が自分の才能を認めてくれたのだと。

 

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番組のいち場面、右下にアシュレイ・ボータ・クワイア1990,当時のドラキーズの選抜隊でしょうね。後列左端にBunny氏、右から3人目に兄さんのズワイ、最前列の中ほどに弟のロイソ、左から4人目がクリントで、ロイソの隣の金髪の小柄な団員はやはり天才的なソリストだったジャックではないかと思います。(テレビをそのまま撮ったので斜めってスミマセン)

1967年に創立されたドラキーズ。同じ年にウィーンのライニーさんがムント隊で南アに行きました。ドラキーズ・スクールが作られたのはウィーン少への憧れからだとか。初期の録音を聴くと可愛らしい幼い歌声です。

途中の経過は詳しく知りませんが、圧倒的に素晴らしい演奏をするようになったのはBunny時代と思われます。WSKの60年代のように優れたソリストもいました。

ズワイとロイソは弟のフェロ(2004年にドラキーズとして来日しました)を交え、3人でバラ・ブラザースを結成して音楽活動を続けていると番組でも紹介していました。NHKがドラキーズとバラ・ブラザースを招待してくれたらいいのに。

 

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私はこのBunnyの指揮も自分の目で実際に見ることはできなかった。ポズナンのストリグロシュ氏もフロシャウアー先生も、マイヤー先生もフルトモーザー先生も・・・

こんな美しい歌を聴いていると、忘れようと思ったことも思い出されてしまいますね。秋はなんとなくもの悲しい。

 

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ネリネが今年もたくさん咲きました。
花王国南アフリカ原産でダイヤモンドリリーとも言います。花びらの表面が光に当たるときらきら輝くから。

今日のラグビー、イングランド対南アフリカ戦は、南アフリカを応援します!

 

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ちょっとお知らせ

💕ウィーン少年合唱団オンエア情報:2019年11月3日(日)21:00~23:00、NHK Eテレ「クラシック音楽館」←地上波ですね。

https://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=4390

*ウィーン少年合唱団は22:49頃から約10分間の放送とのこと。東京芸術劇場のライブから2曲ですが、BSでご覧になれなかったかたは是非。

💕 来年のシューベルトコアコンサート:2020年5月16日(土)は文京シビックホール、早すぎる決定ですが行かれる方は是非。

 

 

 

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Drakensberg boys choir」カテゴリの記事

コメント

玉ねぎのケーキは見つかりましたか?
あれはケーキと言うよりも主食に近いですよね。
ところで動画を見ました。
あの歌い方はどうもイギリス風だと感じます。
アレット・ジョーンズを初めて聞いたとき、同じ歌曲でもウィーンとは喉の使い方が違うと思いました。
国にはそれ独特の発音がありますから、歌詞を歌う時もそれが影響して来るのかな。
ラグビーは最近日本でも人気なのですね。
ドイツは相変わらずサッカーが一番です。
ドラキーズがウィーン少の影響で作られたとは、さすがに当時のウィーン少の影響力は大きかったのですね。

投稿: ponko310 | 2019年11月 4日 (月) 21時14分

>ponko310さま
玉ねぎのケーキはありませんでした。出店していなかったようです。
カリーブルストを食べたけど、ドイツでの食べたほうが100倍美味しかったです。有名な赤坂のドイツ・オーストリア料理の店は行列ができていて、美味しそうな料理は品切れになっていたのに、カリーブルストの店は閑散としているのでやばいかなと思ったら、本当にどうしようもなかった。ほんの少しのフライドポテトがついて800円もしました。でもビールの専門店で好みを言って出してもらったビールは、とっても美味しかったです。玉ねぎのケーキは、今度自分で作ってみようと思います。ドイツの新酒(ワイン)にあうそうですね。オリジナルの味を知らないので、一度プロの作るのを食べたかったのですが・・・。

南アフリカは公用語として英語があります。オランダ系の人はアフリカーンスというオランダ語をアレンジしたような言葉ですが、2か国、3か国の言葉を話す人が普通です。クリントは名前からオランダ系だと思いますが、ラテン語の発音はイギリス的かもしれません。WSKの発声とは違いますね。ドラキーズの創立者は我が子のためにも、合唱団学校を作りたいと思ったそうです。67年のムント隊を聞いたのではないかしら。
ラグビーは本当に驚くほど人気が出ました。サッカーは小学校のときに体育でやったからルールを知っていますが、ラグビーはよくわからずに見ていました。ぶつかっても、しがみついても、どこまで反則にならないのかわからない。でも楽しかったですね。サッカーよりテレビ観戦向きだと思いましたが、選手の体型が皆さんマッチョなので、なかなか見分けがつかなかったです。
ドイツのサッカーは子供たちへの浸透がちがいますね。日本は昔は野球が一番で、今はサッカー少年が多いです。これからはラグビーも増えそうですが、小学生でマッチョはちょっと・・・で私の好みはサッカーです。

投稿: maa | 2019年11月 5日 (火) 19時36分

maa様
久々のドラキーズ登場ですね。
ウィーンの歴代のソリストさん探しご苦労様です。私などは、「あらこの声素敵!」位のスタンスで聴いておりましたので、maa様や皆さんの熱い思いに感動です。
maa様の様々な事に対するその熱い思い、行動力 尊敬に値するものです。
きっとその熱い思いで南アフリカのラグビー選手を応援なさったんでしょう。あの楽器を奏でながら?
まだ練習していらっしゃるのかな?
今回の大会で私はにわかファンになりました(笑)。
もちろん新年早々の花園ラグビーなどのニュースは耳にしていましたし、若者の熱いエネルギーに感動しています。あ~私も熱いエネルギーがあったな~。maa様のような行動力もあったな~。なんて改めて思い出しました。
あの夜のアウガルテンで元気にサッカーをしていた団員達の姿を思い出しました。

投稿: ek | 2019年11月 6日 (水) 07時28分

>ekさま
はい。久々ドラキーズです。でもオールドドラキー・・・27年前でした。
ドラキーズも時代とともに変化があります。どうやらWSKもパリ木も、あるいはそれ以外の合唱団もそうかもしれませんが、今も昔も同じというわけではないようですね。それぞれの時代の空気にあった生き方をしているのだと思います。
私はちっとも行動的じゃないですが、もう自分には時間制限があるかなと思って、今のうちにどうしてもしたいことだけしています。アウガルテンは電気制御のバーの向こう側に、私たちは立ち入れません。きっと今も夏になると日が長くなるから、サッカーをやっているかもしれないけれど、悲しいかな絶えてそれを見ることはできなくなりました。ekさんはいつまでもその景色を忘れないでね。
ドラキーズ学校の超広い芝生の校庭には、サッカーコートではなく、ラグビーコートがありました。

投稿: maa | 2019年11月 6日 (水) 23時00分

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