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2020年2月

2020年2月28日 (金)

リースヒェン*Lieschen*殿下の御意のままに

 

ウイルス対策が急速に厳しさを増し、必要以上にリスクを感じて臆病になっています。職場の方針で日々うっとうしいマスクを着用して過ごしています。その状況が普通になるとマスクがないことに不安を感じてしまう。精神的に良いことなのか悪いことなのか、どっちなんでしょうね。

不要不急の外出は避けよ・・・というお達しは前から出ていましたが、当面休館に踏み切った美術館などもあります。

https://bijutsutecho.com/magazine/insight/21414

せめて桜の咲くまでに収束してほしい。展覧会行きたいです。

こうなる前に、もっと早くにできることがあったでしょうと思うと、春なのに気持ちが滅入ってしまいます。

3月14日に予定していたTOKYO FM少年合唱団の定期演奏会は中止になったそうです。

勤務先で研修があり予定通り開催されました。講師の先生はキャンセルが増えていますとおっしゃっていました。寒かったので休憩時間に自販機で温かいお茶を買い、席に戻ってから気づいたこと。ひえ~ ・・・窓が開けてありました。寒いはずです。でも締め切ってはいけないのですよね。

私たちはマスク着用で席も充分に間をあけて、グループディスカッションも今回はしない形に変更されていました。

でもアジア以外の海外では、面白おかしく揶揄するような動画を作ったりしていますね。笑えないです。好きでマスクを探しているわけじゃない。マスクが made in China になっているのを笑っているのもありました。とりあえず日本では「全国マスク工業会会員」のマークがついているメーカーは中国製であっても検査が行き届いているそうです。

よその国の状況を知らずに、笑いのネタにしてはいけないわ。特効薬が早く見つかる事を待つしかありませんね。それまでは、咳エチケットを忘れず、手を洗うこと。でも多くのかたがそれを実践しているせいで、今はインフルエンザにかかる人が減っているとか。

 

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気分を変えて可愛い写真を載せるために、切り口を考えました。必要性がなければ、あんまり雑誌の切り抜き載せられないから。

その必要性を無理くり考えました。特に一番最後の写真のために・・・。

 

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オペレッタの娘役で、リースヒェンという役柄があります。リースヒェンはエリザベートの愛称ですが、リースルと書かれていることもあります。

ウィーン少年合唱団のオペレッタでリースヒェンといえば、「殿下の御意のままに」Seine Hoheit hat's gesagt ですね。このオペレッタは校長先生の息子たちが女の子に扮するのが楽しい、勿論・・・ばれちゃうので、おかしな騒動が始まります。

1980年の台湾公演では、リースヒェンではなくリーサとなっています。Lisa・・・

説明を読むと台湾でもテレビで放送されたらしいですから、そのときの録音でしょうか。「録画」だったら最高でしたのにね。

日本に来る前にアジアを通過してくることも多いので、だとしたら80年シューベルトコアの公演です。

クナップ君がコンラート役で、リースヒェンはクラウス.Z君でしたっけ?

台湾公演はセリフを英語で言っています。

 

 

 

 

 

上手で素敵。80年も素晴らしい歌唱力と演技力だったのですね。彼らが100人からいる団員たちのほんの一部だったなんて、他にどれだけの歌い手がそろっていたのかなと想像します。

 

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次は写真だけです。

67年の「りぼん」の切り抜きが見つかりました。切り抜きというかサイズの小さい付録のようなページ。カラーではありませんが、この間話題になったキリアン君がリースヒェン役です。

原本ではオブランスキー君とシュタイドル君の名前が入れ替わって印刷されてました。校正ミスと思われますが、画像ソフトで修正してありますのでご承知おきくださいますように。

このときのキャスティングは、校長先生:ミックショフスキー君、役人:シュトラウス君、殿下:アーラ君、コンラート:レーナー君、三人息子:バルトニック、シュタイドル、オブランスキー君たち、リースヒェン:キリアン君

 

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オペレッタの筋書きは本当に他愛もない話です。娘役と若く真面目な恋人は素敵なカップルで、憎まれ役の役人が恋敵になり、お人良しっぽいお父さんがあたふたする。ドタバタとロマンスとハッピーエンドの結末です。

WSKがオーパーで3人の童子を演じるのは、限られたソリストたちだけですが、ツアーで演じるオペレッタにはすべての団員たちが出演します。ステージのパフォーマンスは、見る方も演じる方も楽しい時間だった思います。

 

これは86年のGeorg.N君、michael.S君

 

 

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さて❤一番最後の写真です。

写真は一枚しかありません。出版元を探してみましたが、もうとっくのとうに解散してしまったような・・・、その会社を見つけることはできませんでした。ピヒラー君のオペレッタシーンです。(掲載誌は新週刊1961年)

映画青きドナウでもオペレッタシーンがありましたが、ピヒラー君はラッパを吹くところだけ。オペレッタはディズニー映画の役者たちが出演していました。

この動きのあるショットは、ステージの楽しさを彷彿とさせます。キリアン君の声は録音でご紹介したことがありますけれど、ピヒラー君も声高めで繊細な響きが特徴でしたよね。このドレス、たぶんピンクのギンガムチェック

67年組の客席が笑いの渦に包まれていたように、61年ランク隊のオペレッタもきっと・・・笑いと拍手で会場を熱くしたことでしょう。

 

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2020年2月16日 (日)

Marc.DN君の歌を聴く時間

 

今日は自分の趣味丸出しです。動画が重くてすみません。

ドキュメンタリーは長いので、興味がなければかっとばしてください。

 

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マルク君は日本に来ていません。

ちょうど2008年以前の、パリ木と日本との空白時代に在籍していました。彼があと2年遅く生まれてくれていたら、東京のカテドラルでPueri Conciniteを聞けたかもしれなかった。

韓国には2003年の映像から姿を見られますが、ソロは2006年がメインの活躍でした。生演奏を聴いていないので説得力に欠けますが、パリ木で一番好きな声です。

 

 

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トマサン先生の時代も歌える子がたくさんいました。マルク君は主に宗教曲を歌っています。正統派の発声ができる子だったと思います。ソルヴェイグの歌では最後のヴォカリーズが正確で美しくて微妙なリズムもこなしてる。

 

 

 

 

 

 

カメラ酔いしそうだけど。


"Laudate Dominum" Charpentier

  

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発声練習

 

 

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ドキュメントの始まりがマルク君のアヴェマリアでした。このストーリーにはツアー・オーディションで落ちたり日常生活にまだなじめない低学年の子たちも登場し、そんな彼らにスポットを当てていました。

ドキュメントのラストは創立100周年イベントのシーンでした。グレーニュのお城と色とりどりの風船、青い空。お城がいいね❤

 

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Ten Tenorsとのコラボ  "Here's to the Heroes"

 

この動画はパリ木創立100周年記念番組を切り取ったものなので、こちらのURLで1時間40分のところから、カットなしで "Here's to the Heroes" をご覧になれます。逞しい男たちの中で、マルク君の初々しさが際立って見えました。

https://www.youtube.com/watch?v=Lh786xDnw08

 

番組最後(1時間55分~)の”Musique Universelle”のソロは、レナン君でした。日本に来たときはすでに声変わりしていたので、この声は聴けなかったですね。ピアノはピエールポンさんが出演していました。

100周年DVDを買おうかな・・・

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2020年2月11日 (火)

67年PCCBのアルバムを聴きました。

 

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67年録音のパリ木のアルバムを聴けました。

ひと言でいうと、ザ・パリ木の歌声でした。これですね。これが強烈すぎて初めて聴いたときは引いてしまった。

来日した他の合唱団はすべて素直に受け入れていたのに、それまでに聴いたことのない高い声に、いっぺんで蓋をしてしまいました。

もったいなかった・・・雑誌すら見てもいませんのだ。ストライクゾーン狭すぎでしたね。今どき驚いています。

 

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セルジュ君のソロという「きよしこの夜」と「山の娘」です。ちょっとチリチリしていますが、ウィーン少年合唱団以外でこんなに古い録音を載せるのは初めてですよね。

 

キングレコード SET(H)5063 より

 

 

このアルバムを教えて頂きありがとうございました。

それからジェラール・スドリュー氏は、マイエ神父指揮の初来日に参加していました。ソプラノ・ソリストと記載がありました。ジェラールさんのソプラノ、どこかに残っていないかな。1957年頃です。

 

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閑話休題・・・・

 

先週金曜日に休みをとり、千葉下総の蔵元見学に行きました。

日本酒そのものに興味もあり、楽しい一日でした。今一番心配なコロナウイルスのことで、ひょっとして蔵元でマスクを用意しているのではないか? マスクの着用を求められるのはないかと思っておりました。

しかしそれは無用。到着まではマスクをしていましたが、現地では15名ほどの見学者でマスクをしている人は誰もいませんでした。

そして蔵元のかたのお話しを伺っていると、何かとても健康的な強い発酵菌や有用な微生物など、創業300年以上のその蔵に住みついた菌が悪いものを寄せつけないのではないかと思えるほど、心強いものを感じました。

それは勿論私のかってな解釈であって、事実というわけではありません。でも一緒に見学していた発酵マニアの方は10年間風邪をひいていませんと言われていたし、日本の気候風土に根差した微生物が体の抵抗力を助けてくれそうな気がしてくるのです。

見学したあとに併設のカフェレストランで頂いた発酵食品を素材としたお料理の美味しかったこと。その蔵元の酒かすが、また独特の風味があり甘酸っぱくて美味しいのです。

お肉は使ってないのに、気持ちの良い満腹感です。糠漬けは本当に美味しかったです。ほんの少し酸味があり、それとおからとの和え物が塩味をおさえた良い具合です。酒かすと根菜を使ったスープも美味しかった。しゃれた高級な和食ではなく、自然を頂いているという実感が大きかったです。

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バイキング式なのでてんこ盛り!

 

でも帰りは成田駅で京成に乗り換えると、空港発の電車ですので車内にはスーツケースを持った人も多く、仕事おわりの帰宅時間と重なり再びマスクの人となりました。マスクの予備があと2週間分しかなく、それを過ぎても必要だったら、お子様用のをしなくてはならないかなと思っています。

ふふふ。売ってないのでキティちゃんのキッズ用を買ってしまったのですよ。そこまでするのは、どうよ?ですよね。

あの蔵元の健全な発酵菌が醸し出す空気をまた吸いたくなりました。

先日会った発酵マニアさんの話が面白かったので、味噌作りを実践してみたいです。

 

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87年に来日したパリ木のファビアン君の話をきき、当時私自身は合唱団を追っていませんでしたけれど、コメントを下さる方々が同じコンサートに行かれていたことを知り、しばしの感動を覚えたのでした。 

寒い日でしたね・・・という言葉だけで、私はその日のことを知らないのに、蘇ってくるような気持ちになりました。

アヴェ・ヴェルムはウィーン少年合唱団の曲だから・・・という意識が強かったのですが、このパリ木の演奏も素晴らしいと思います。アカペラでここまで歌う合唱の力は、人の心を動かしますよね。

 

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でもMusique Universelleを好きな私は、90年代韓国公演の録画をYouTubeでしばしば見ていました。

自分が所持しているCDはこのへんの時代が多いので、たいてい聞こえてくるソプラノは、高い上にも高いレジス君の声なのですが、この公演録画を見ると他にも同じようなソプラノ君がいました。

ピエールポンさんが作ったオリジナルの曲は宗教曲ではなく、フレンチポップス的な感じでした。でも詞の内容は平和とか友情とかを歌っていて覚えやすいメロディで親しみを持てました。一度ふさいだ耳をあけたときはピエールポン時代のCDをよく聴きました。

 

8年ぶりに来日したとき、ユーゴ先生はMusique Universelleをプログラムに入れていませんでした。彼は昔のパリ木に戻りたいという考えのかたでした。それと毎年ツアーをする韓国では観客のイメージもできあがっていて、韓国のかたが聴きたいと思われる曲もわかっていたと思いますが、日本はそうではなかったので新しいCDのキャンペーンのような内容になっていました。それで地味コンとか言われもしましたね。Musique Universelle は初日のサイン会でファンの一人がリクエストし、次の回のアンコールで聴かせてもらえました。

 

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それは好みだけど、耳に残るような優雅な旋律のオリジナルを持っている合唱団は少ないですから、この曲は歌い継いでほしいです。

創立100周年のときに当時の寄宿学校のあったお城の前でfêteがありました。そこでMusique Universelle が歌われたんですね。参加者全員なのでシングアウト的な雰囲気ですが、トマサン女史が指揮を、この曲を書いたピエールポン氏はピアノで、その場を盛り上げている映像が残っています。

南アのドラキーズは学校行事のメインイベントには必ず 「Lord make us an instrument of your peace」 を歌いますが、パリ木のように創立記念日に全員で歌えるオリジナル曲があるって素晴らしいことです。2006年頃は日本とも疎遠だったのに、なぜか達郎さんのクリスマスイヴまでもみんなで歌っていました。トマサン先生はその後もこれらの曲を歌い続けてくれました。

 

 

 

(自動再生になってしまうので、musique universelleが終わったら、停止ボタンを押してください。)

 

 

いつかまた好きな声のソリスト君が現れんことを・・・

 

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2月12日追記:

これって1967年頃ですよね。今日のFB、PCCBファングループのかたがシェアしていました。メキシコっぽい映像。YouTubeを探したらありました。コーラスは若干ラフだけど、こんな雰囲気で歌う歌ですということで。ふふふ

 

 

 

 

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2月17日追記:ponkoさま情報で貴重な記録映像

デルシーヌ神父とパリ木、1969年6月

Ina.frのアーカイブに埋め込み情報が設定されていました。

 

La Nuitのソロが聴けました。

来年日本に行くとか言ってるみたいですが、来日は71年でしたね。こんなに早くから予定立てています。電話番号かな。オーディションの告知です。楽しい映像でした。

 

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3月7日追記:

映画「舞踏会の手帖」1937年より、パリ木出演シーン


Un carnet de bal by Les Petits Chanteurs à la Croix de Bois, from siathy

 

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2020年2月 9日 (日)

グロスマン教授だと思った件

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最初はネクタイの子どもたちがなぜウィーン少年合唱団なのか。これは何かのまちがいだろうと思っていたのですが、指揮者の顔が写ったとたん、ぶっとびました。こんなに間近で若きグロスマン教授の指揮を見たことあったかな・・・。1944年でした。

 

ina franceは面白い映像アーカイブがあるんですね。

1944年・・・歴史年表では先史時代です。思わずフロシャウアー先生を探してしまいましたが、少年ヘルムート君はいませんでした。

録音技術のせいでピャラピャラ声になってしまう。声そのものを聴くと、なんだこれ?と思いますが、コーラスのまとまりは完璧で、質の高さを実感します。40年代は3つのコアしかありませんでしたから、総人数も70人くらいですよね。しかも戦中チロルに疎開もしていた。シュニット神父は追われ、地下潜伏生活を余儀なくされた。そんな時代でした。

 

 

 

 

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以前は64年より前の来日コアのことを知らず、したがって50年代の映像はどれも同じに感じられました。でも今は違う。生まれ変わった自分!

これは59年の映像ですが、見たことのある顔があるみたい。でもじきに照明が暗くなってしまい、あ~っというまにお終いです。

 

さて私が直感で思ったのは、2列目の右端の子がシルハネック君。それじゃこれはフルトモーザー隊?

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Petits chanteurs de Vienne,  6 novembre 1959

月曜日に夜更かし番組を見ながらつけたタイトルのまま、一週間が過ぎました。記事はそのまま進捗なしで、行き詰まってしまいました。

でもシルハネック君だと思った子がいたので、直感を信じてフルトモーザー隊の画像をいくつか確かめてみました。なんかこれが近いぞ!1024x576
WSK,official

フルトモーザー先生が亡くなったとき公開された動画から、一場面を拝借しました。

 

 

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そしてまた、YouTubeの古い動画の中から、あまりちゃんと見ていなかった1949年のクリスマスを見てみました。この映像には1953年と書かれていますが、ウィーン少年合唱団の古いプログラムには1949年とあるので、それを採用します。下記:引用

Aufnahme für die Fernsehsendung Weihnachten 1949
テレビ番組1949年クリスマスの録画

Natürlich sind wir konservativ, aber wir versuchen auch immer wieder mit der Zeit Schritt halten.
勿論私たちは保守的ですが、常に時代に追いつくようにもしています。

Bei den ersten Radiosendungen von Wien haben die Sängerknaben gesungen und die ersten österrleichischen Fernsehsendungen für Amerika haben auch 13 kleine Filme der Sängerknaben eingeschlossen.
ウィーンでの最初のラジオ放送では少年合唱団は歌い、アメリカのためのオーストリアの最初のテレビ放送には合唱団の13の小さい映画も含まれていました。

 


Vienna Boys Choir 1953 - "Merry Christmas"

この映画は、わからないなりに愛を持って注意深く見ると、多少の発見がありました。この白シャツと半袖の重ね着の写真、これ見たことあるなと思ったのですね。それがこの引用のページでした。50年代初期のプログラムです。

「スサニ」の後の曲が思い出せないのですがソロはとても綺麗です。そのあと「来たれ、羊飼いたち」のソロもいいですね。古いプログラムに載っていた写真はここの場面でした。動画では6分9秒ぐらいのキャプチャー。

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7分23秒にはシュニット神父が登場して、おっと、「アーメン」とセリフが入りました! 神父の声です。そしてそのあとには大好きなクリスマスの歌「Leise rieselt der schnee」を歌っています。指揮をしているのはきっとカペルマイスターでしょうね。ハープをひいていた人と同じかな。

最後のきよしこの夜のシーンでは、アウガルテンのらせん階段の前にテーブルを置いて、まるでリビングのような設定で、センターに置かれたツリーでクリスマスを祝っています。

テーブルにはシュニット神父と誰かわからない男性がすわっていますが、このかたも当時のカペルマイスターかもしれないです。49年メガネというとラコビッチ氏しか浮かばない。

特別なセリフはありません。おそらくアメリカで放送する作品だから、ドイツ語のセリフがあれば英語字幕をいれなければならない。歌だけならその必要もありません。

らせん階段とセーラー服は永遠不滅の組合せですね。シュニット神父もここに生前の姿を残してくださいました。

 

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久々に中国の動画サイトを見たら、ピャラピャラ声の原点がありました。それにこの歌い方。腕組んでるし・・・。威張ったポーズでニコニコ笑顔っていうのが、なんとも愛らしいです。これって、カソックを着たときに腕組みする形と同じでしょうかね。でも最前列左端の子はなぜか、オーソドックスなスタイルにもどって歌っている。

かなり驚いた1934年のウィーン少年合唱団でした。

 

 

86年前の君たちが歌うスタイルに、未来のファンはびっくりです。ザルツブルク音楽祭に初めて出演し、合衆国やヨーロッパの国々をシュニット神父と旅したのは、誰あろう君たちなのですね。

ありがとう ❤ 💕

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2020年2月 1日 (土)

シューベルトの誕生日*パリ木のアベ・マリア

 

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ryoさまからファビアンという名前を聞きました。私は1987年当時のパリ木を知らないので、ファビアン君の顔を知りません。

手掛かりは87年ということ。ウーディさんが指揮をしているということ。

それで、さがしてみました。

 

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1988年でアヴェベルムの美しいコーラスがありました。ああ、でも今日はシューベルトの誕生日だし・・・

それからしばらくネットをウロウロしていたら、メゾかアルトか・・・それくらいの落ち着いた声で歌うソリスト君が見つかりました。

1989年のコンサート録画です。指揮はウーディさん。

私の記憶違いでなければ、ウーディさんはパリ木出身ですよね。

それはともかくとして、指揮のフォルムがどことなくデルシーヌさんに似ている。ちょっとソフトなロボットさんな感じで、規則的な指揮をされる印象でした。

 

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曲はアヴェ・マリア。

あの頃流行っていたデザインの眼鏡をかけたソリストの少年は、パリ木っぽい甲高い声ではない初めて聴く大人っぽいノーブルな印象のソロでした。

1月31日はシューベルトの誕生日なのでシューベルトの曲をここにあげたかったのですが、どうやらその気持ちが過去映像に伝わりました。

 

 

 

 

そのあと同じぐらいの時代を見ていたら、88年ソウルのコンサート録画が出てきました。とてもひどい映像。でも音はそれほどでもなく、ここでもまたあの落ち着いた声のアベアリアが聞こえてきたのです。

説明を読むと指揮者、メンバー全員の名前が書かれていました。指揮はウーディさん。そして・・・

The soloist is Fabien Lutz.

 

ryoさまの言うファビアン君がそのFabianかどうか私には決められませんが、録画には興味深いコメントがいくつかついていました。

 

あるかたは、「私のお父さんがこのビデオの中にいる」と書いています。それについて、韓国のファンのかたが、あなたのお父さんの時代86年88年が大好き。お名前はなんというのですか?と尋ねていました。残念ながら公開コメントではその答えはありません。

ぼやけた映像ですが、最初の動画と同じソリスト君が歌っていました。ファビアン君だといいのですが。

 

https://www.youtube.com/watch?v=ybQx3lx362o&t=23s

 

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