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2020年2月11日 (火)

67年PCCBのアルバムを聴きました。

 

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67年録音のパリ木のアルバムを聴けました。

ひと言でいうと、ザ・パリ木の歌声でした。これですね。これが強烈すぎて初めて聴いたときは引いてしまった。

来日した他の合唱団はすべて素直に受け入れていたのに、それまでに聴いたことのない高い声に、いっぺんで蓋をしてしまいました。

もったいなかった・・・雑誌すら見てもいませんのだ。ストライクゾーン狭すぎでしたね。今どき驚いています。

 

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セルジュ君のソロという「きよしこの夜」と「山の娘」です。ちょっとチリチリしていますが、ウィーン少年合唱団以外でこんなに古い録音を載せるのは初めてですよね。

 

キングレコード SET(H)5063 より

 

 

このアルバムを教えて頂きありがとうございました。

それからジェラール・スドリュー氏は、マイエ神父指揮の初来日に参加していました。ソプラノ・ソリストと記載がありました。ジェラールさんのソプラノ、どこかに残っていないかな。1957年頃です。

 

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閑話休題・・・・

 

先週金曜日に休みをとり、千葉下総の蔵元見学に行きました。

日本酒そのものに興味もあり、楽しい一日でした。今一番心配なコロナウイルスのことで、ひょっとして蔵元でマスクを用意しているのではないか? マスクの着用を求められるのはないかと思っておりました。

しかしそれは無用。到着まではマスクをしていましたが、現地では15名ほどの見学者でマスクをしている人は誰もいませんでした。

そして蔵元のかたのお話しを伺っていると、何かとても健康的な強い発酵菌や有用な微生物など、創業300年以上のその蔵に住みついた菌が悪いものを寄せつけないのではないかと思えるほど、心強いものを感じました。

それは勿論私のかってな解釈であって、事実というわけではありません。でも一緒に見学していた発酵マニアの方は10年間風邪をひいていませんと言われていたし、日本の気候風土に根差した微生物が体の抵抗力を助けてくれそうな気がしてくるのです。

見学したあとに併設のカフェレストランで頂いた発酵食品を素材としたお料理の美味しかったこと。その蔵元の酒かすが、また独特の風味があり甘酸っぱくて美味しいのです。

お肉は使ってないのに、気持ちの良い満腹感です。糠漬けは本当に美味しかったです。ほんの少し酸味があり、それとおからとの和え物が塩味をおさえた良い具合です。酒かすと根菜を使ったスープも美味しかった。しゃれた高級な和食ではなく、自然を頂いているという実感が大きかったです。

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バイキング式なのでてんこ盛り!

 

でも帰りは成田駅で京成に乗り換えると、空港発の電車ですので車内にはスーツケースを持った人も多く、仕事おわりの帰宅時間と重なり再びマスクの人となりました。マスクの予備があと2週間分しかなく、それを過ぎても必要だったら、お子様用のをしなくてはならないかなと思っています。

ふふふ。売ってないのでキティちゃんのキッズ用を買ってしまったのですよ。そこまでするのは、どうよ?ですよね。

あの蔵元の健全な発酵菌が醸し出す空気をまた吸いたくなりました。

先日会った発酵マニアさんの話が面白かったので、味噌作りを実践してみたいです。

 

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87年に来日したパリ木のファビアン君の話をきき、当時私自身は合唱団を追っていませんでしたけれど、コメントを下さる方々が同じコンサートに行かれていたことを知り、しばしの感動を覚えたのでした。 

寒い日でしたね・・・という言葉だけで、私はその日のことを知らないのに、蘇ってくるような気持ちになりました。

アヴェ・ヴェルムはウィーン少年合唱団の曲だから・・・という意識が強かったのですが、このパリ木の演奏も素晴らしいと思います。アカペラでここまで歌う合唱の力は、人の心を動かしますよね。

 

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でもMusique Universelleを好きな私は、90年代韓国公演の録画をYouTubeでしばしば見ていました。

自分が所持しているCDはこのへんの時代が多いので、たいてい聞こえてくるソプラノは、高い上にも高いレジス君の声なのですが、この公演録画を見ると他にも同じようなソプラノ君がいました。

ピエールポンさんが作ったオリジナルの曲は宗教曲ではなく、フレンチポップス的な感じでした。でも詞の内容は平和とか友情とかを歌っていて覚えやすいメロディで親しみを持てました。一度ふさいだ耳をあけたときはピエールポン時代のCDをよく聴きました。

 

8年ぶりに来日したとき、ユーゴ先生はMusique Universelleをプログラムに入れていませんでした。彼は昔のパリ木に戻りたいという考えのかたでした。それと毎年ツアーをする韓国では観客のイメージもできあがっていて、韓国のかたが聴きたいと思われる曲もわかっていたと思いますが、日本はそうではなかったので新しいCDのキャンペーンのような内容になっていました。それで地味コンとか言われもしましたね。Musique Universelle は初日のサイン会でファンの一人がリクエストし、次の回のアンコールで聴かせてもらえました。

 

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それは好みだけど、耳に残るような優雅な旋律のオリジナルを持っている合唱団は少ないですから、この曲は歌い継いでほしいです。

創立100周年のときに当時の寄宿学校のあったお城の前でfêteがありました。そこでMusique Universelle が歌われたんですね。参加者全員なのでシングアウト的な雰囲気ですが、トマサン女史が指揮を、この曲を書いたピエールポン氏はピアノで、その場を盛り上げている映像が残っています。

南アのドラキーズは学校行事のメインイベントには必ず 「Lord make us an instrument of your peace」 を歌いますが、パリ木のように創立記念日に全員で歌えるオリジナル曲があるって素晴らしいことです。2006年頃は日本とも疎遠だったのに、なぜか達郎さんのクリスマスイヴまでもみんなで歌っていました。トマサン先生はその後もこれらの曲を歌い続けてくれました。

 

 

 

(自動再生になってしまうので、musique universelleが終わったら、停止ボタンを押してください。)

 

 

いつかまた好きな声のソリスト君が現れんことを・・・

 

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2月12日追記:

これって1967年頃ですよね。今日のFB、PCCBファングループのかたがシェアしていました。メキシコっぽい映像。YouTubeを探したらありました。コーラスは若干ラフだけど、こんな雰囲気で歌う歌ですということで。ふふふ

 

 

 

 

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2月17日追記:ponkoさま情報で貴重な記録映像

デルシーヌ神父とパリ木、1969年6月

Ina.frのアーカイブに埋め込み情報が設定されていました。

 

La Nuitのソロが聴けました。

来年日本に行くとか言ってるみたいですが、来日は71年でしたね。こんなに早くから予定立てています。電話番号かな。オーディションの告知です。楽しい映像でした。

 

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3月7日追記:

映画「舞踏会の手帖」1937年より、パリ木出演シーン


Un carnet de bal by Les Petits Chanteurs à la Croix de Bois, from siathy

 

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コメント

 maa様 
 youtubeにアップしてくれたんですね。ありがとうございます。古い録音で音も良くないですが、当時を知る方たちが懐かしく見てくださるといいなと思います。また知らなかった方たちで気に入ってくださる方が出てくれたらうれしいです。
 ネットをうろうろしてたら、偶然ご本人が当時のメンバーたちとやり取りしているサイトに出くわしたことがあったので、気が付いてくれたらいいな。
 58年の動画でもしかしたらジェラール氏かなと思われるのがあります。La Nuitです。
https://youtu.be/1s_xRm8LM1E

投稿: ヤマチャン | 2020年2月11日 (火) 23時38分

>ヤマチャンさま

最初のアヴェマリア(ビクトリア)もソロで始まっていました。それでぐぐっと引き込まれました。
古い録音ですが、セルジュ君のソロはすごいですね。パリ木の歌声はビデオでもレコード・CDでも、ホールで聴く音声を再現できないと思っています。それが私の印象でした。他の国の少年合唱団より、響きが強烈なのかな。
鮮明なコンサート写真がないので音声ファイルにしたかったのですが、まだ著作権で保護されていると思いますのでYouTubeにしました。
セルジュ君が今も元メンバーとやりとりしているというのは素敵ですね。ウィーン少年合唱団の話になりますが、einmal Sängerknabe immer Sängerknabeと67年の元メンバーが書いていました。一度合唱団員になったらずっと合唱団員という意味だと思います。パリ木もそうじゃないかと思います。今はオータンに移って規模も縮小しましたが、卒業生たちはたまに学校に遊びにきています。国内各地でコンサートをしたときに遊びに来て一緒に歌う元メンバーもいて、YouTubeには les ancians petits chanteursと説明書きのあるものがあります。そういうのって外側から見てもいいものですよね。

投稿: maa | 2020年2月12日 (水) 19時27分

maa様
私はmaa様が紹介してくださったマルク君の声が好きで、彼は別格だと思ったのです。10Tenorsと共演する機会なんてそうあるものじゃないと思ったから、私のできる範囲で調べてみました。できたら、もう少し彼の歌声を聴きたいです。5年ぐらい在籍してたと考えても、1度もCDの録音が無いとか、公演旅行が無いとか、考えられないです。彼は2004年の韓国公演に行ってませんか?モーツァルトの子守歌のオブリガードの部分を引き受けていますが、あれは100周年のCDの中には入っていないのでしょうか?大人になったマルク君もとてもかっこいいですが、音楽の道には進まなかったようですね?
マルク君を調べるうちに、ちょっと嬉しい記事に出会いました。1987年のパリ木はとりわけ完成度が高く、パリ木をよく知る人たちの中でも評判だったと。87年は、ソプラノ、メゾ、アルト1、アルト2に分かれていて、ソプラノトップのファビアンの声は、どこまでも伸びやかで美しく、艶やかで子ども離れした完成度だと。手元にある歴代の録音の中では、彼は間違いなく最高のソリストです、と書かれていました。ファビアンを評価してくれる記事に出会って、本当に嬉しかったのと、あの時、ファビアンの声とパリ木のハーモニーに出会わなければ、その後、パリ木の公演に行ったかどうかわかりません。

投稿: ryo | 2020年2月14日 (金) 00時20分

>ryoさま
>
マルクの声を気に入って頂けて嬉しいですが、コンサートでのソロ映像はあまり多くないです。プエリコンチニテが彼の一番だと思われます。2006年頃は歌える子がたくさんいて、トマサン先生もいろんな子に歌わせていたみたい。
この動画で右にいるのはマルクです。このオブリガードのことですね?
https://www.youtube.com/watch?v=g8P05jE4KXk

フランスのテレビ局で放送したドキュメントがあって、その冒頭がマルクのアヴェマリアでした。でもどちらかと言うと「伸び悩んでいるタイプ」の主人公が別にいたので、マルクのソロシーンはほんの少しだけ。そのドキュメントも今は見つけられませんでした。彼は2003年から2006年までたぶん毎年韓国に行っていたはずです。2003年の映像でも前列に幼い姿で写っています。

100周年のCDに集められた曲は、録音年が入っています。2003年と2006年の曲がありますが、ソロはマルクではないように思います。
他に2003年と2004年のCDを持っていますが、そこにもマルクらしい声は入っていません。てか、私は彼の声を聞き分ける自信がない・・・。ウーディ指揮の曲は87年のプチ・パパ・ノエル、ジングル・ベル、85年のブオン・シニョーレというイタリア民謡が入っていました。
87年パリ木の演奏は評判のとおりだったと思います。実際に聞いてはいませんけれど、あのアヴェヴェルムは誰でも歌えるコーラスではないです。本当に感動しました。ファビアンの声が「子ども離れした」という形容に賛同します。トップを取る声があの品格なせいか、全体に上品で整ったコーラスですね。ウーディさんの時代がそんなイメージです。

投稿: maa | 2020年2月15日 (土) 01時40分

maa様
そうなんですね?合唱団の事情を反映するのですね?maa様、私は、トマサン先生の指揮は落ち着きません。ウーディ―さんの時が落ち着いて聴けました。Baudouinという姓は、フランスには多いのでしょうか?マルク君の少し後に、Aubeというソリストがいますよね?たくさんソロを歌っていますが、マルク君と兄弟かと思ってしまいました。ネット徘徊していないで、少し落ち着きます(笑)

投稿: ryo | 2020年2月15日 (土) 23時21分

>ryoさま

多くのメンバーにソロのチャンスを与えることは、合唱団の雰囲気つくりにもいいことだと思います。たぶん声の個性によっても、誰をソロにするか選んでいたのではないでしょうかね。
見つからないと思っていたドキュメント動画があったので、今日の記事に貼りました。冒頭がマルク君のアヴェマリアのリハ風景でした。
トマサン先生の指揮は、リズムがどこにあるかわかりにくいですよね。客席で聴いているぶんには、それほど感じないけど・・・。女性の指揮者ではトマサン先生の後任だったクロチルドさんが優雅で素敵でした。
ウーディさんはゆったりとした指揮ですよね。紳士な雰囲気をお持ちで、それもあって合唱団全体が上品オーラで包まれている感じです。

ボードワンというのは、名前です。オーブのほうが苗字。彼も空白の時代のソリストで、生声を聴けなかったですね。小さい時からずっとソリストで、クロチルドさんに指揮が変わってからも活躍しました。
ネット徘徊しだすと、あとからあとから情報が出てきて、ゴールが見えなくなっちゃいます。目がしょぼしょぼになるので気をつけましょうね。老眼にはやばいです。

投稿: maa | 2020年2月16日 (日) 03時27分

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