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2020年3月15日 (日)

パリ木主演の映画です。大昔・・・

 

調べるのに時間がかかったけれど、思いのほか楽しかったです。

古色蒼然としたフィルム映画で正直音声はあまりよくないですが、合唱団が主演というのがポイントです。宗教曲、シャンソン、童謡、いろいろなジャンルの曲を歌っていました。

 

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タイトルは「Moineaux de Paris」直訳すると、パリのスズメ。スズメ=プチ・シャントゥールなのかな。

ウィキによれば、撮影が1952年8月から10月、公開は53年です。

YouTubeにアップされている動画は、フランスのパリ木ファンがあげたもので、数分間のクリップが7本あります。出演シーンだけトリミングしているので、ストーリー全部ではありません。(マイエ神父のお話だけのクリップは映画の告知で、歌が入っていないので省略しました。それで6本です。)

 

「Regina coeli」は、今の合唱団もレパートリーにしている曲です。軽快な響きがあっていいですね。

 

 

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ウィーン少年合唱団のことはたくさん書いてきました。戦争をはさんで健気に歌っていた時代から、映画出演や初期の日本ツアーのことなど。

あとは個人的にお友達でもいないともう何も出てきそうもありません。

それで最近はパリ木の古代を探検していました。

(100周年記念のDVDはまだ買っていないので、ネット上で調べたことだけです。)

 

上の動画で歌っている豪華なホールは、フォンテーヌブロー宮殿とわかりました。実はずっと頭のどこかにひっかかっていたのです。

それはですね。 始まりはウィーン少年合唱団のアルバム「ワンダーフォーゲルの歌/夕べの歌」カップリングの30cmLPでした。

ジャケットを開くと、収録内容が書かれています。そこに掲載されている写真がこれです。

 

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半ズボンにハイソックス。これはパリ木の写真ですね。ウィーン少年合唱団のレコードに、さも彼らであるかのように載っている写真!

当時はこの写真をウィーン少年合唱団と思い込み、セーラー服の他にこんなハイソックスのユニフォームもあると信じていました。まだ合唱界という雑誌を知らず(たぶん子どもには難しいですね)フランスにも少年合唱団があるなんて露知らず、また知るすべもありませんでした。

そうしてこれがパリ木とわかったあとも、もう慣れてしまっていたので気にすることもなく時が流れました。

 

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ネット時代になり旧PCCB公式HPでこの写真と再会しました。たしかマイエ神父と一緒に写っていました。あぁぁぁ・・・懐かしい写真。どこで歌っていたんだろうと、少し気になるようになりました。

 

「Die beiden Grenadiere」Op.49, No.1,シューマン

 

 

これはオープニングのクレジット部分の動画ですが、カバー写真は2分40秒のあたりから登場する合唱団のシーンです。ウィーン少年合唱団のレコードに載っていた写真が、ここでしっかり認識されました。🎶 💕 🎶

映画のスチール写真だったとわかり霧が晴れたけど、1952年は昔すぎて、またしても私は歴史に翻弄されちゃう。

団員たちは1940年前後の生まれだから、ご健在なら2020年には80歳になりましょう。単純思考の自分は、映画「禁じられた遊び」を思い出してしまいます。戦争を乗り越えた貧しくとも健気な世代です。← 自己陶酔

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ストーリー:

アメリカのマネージャー、スミス氏が、木の十字架少年合唱団のアメリカツアーをしたいと企画しています。彼にはペギーという娘がいるのですが、合唱団員のひとりジャンノがペギーの首元にあるペンダントに気づきます。それはジャンノの祖母のペンダントで、戦争中に盗まれたものでした。しかしスミス氏はそれを認めませんでした。演奏旅行中にペンダントを取り返そうとするジャンノの前に、ナポレオン一世の軽騎兵だったセザランが現れ、彼を守ってくれます。セザランはジャンノの曽祖父にあたりますが、その姿はジャンノにしか見えないのです。かつてナポレオン一世はそのペンダントをセザランに託し、ローマの王に捧げたのです。やがて家宝のペンダントはジャンノの手に戻り、アンヴァリッドのナポレオンの墓に置かれます。その後、軽騎兵セザランは永遠に姿を消しました。

 

最初ウィキで自動翻訳したらメッチャクチャな日本語で意味わからなかったので、映画サイトをいくつか調べてようやくこのようなストーリーではないかと落ち着きました。一番参考になったのは、これ。https://www.unifrance.org/film/6339/moineaux-de-paris

ちょっとファンタジーですよね。見たいなぁ・・・。

 

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バスで歌ったりは、WSKと同じですね。白馬に乗った騎兵がセザランです。バスの窓から彼を見つけ、「セザラン、ボンジュール!」と呼んでいるのがジャンノだと思います。

バスの行き先にある賑々しいお城はシャンボール城。

 

 

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メドレーで歌われている童謡

Marlbrough s'en va-t-en guerre:マルブローは戦争に行く
Frère Jacques:ジャック兄さん(フレール・ジャック)
Il court, il court, le furet:彼は走る、彼は走る、フェレット(いたち)
C'est la mère Michel :ミッシェルおばさん猫を逃がした
Il était un petit navire :小さい船がありました
Il pleut, il pleut, bergère 雨が降るよ娘さん(羊を帰しなさい)
Dodo, l'enfant do:子守歌(ねんね、こども)
Au clair de la lune:月のひかりに

シーンごとに歌の内容を物語っています。フランスの童謡が好きなので、個人的にはすごく楽しいところ。

 

 

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合唱:Jesu, meine Freude BWV227(バッハ)
ソプラノ・ソロ:À la claire fontaine:泉のほとり
撮影は、メドゥーの洞窟(ピレネー山脈)Grottes de Médous

 

http://films.loucrup65.fr/hautespyrenees.htm

 

 

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パリのアンヴァリッド、ナポレオンのお墓での撮影。すごく美しい!クライマックスのシーンではないですか?

 

 

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モンサンミッシェル、バスク海岸、リビエラ、イル・ド・フランスなどでも撮影したことがウィキの資料にのっていました。あの時代にフランス中の有名観光地に行っているので驚きました。

全編を見ていないので感想は難しいですが、現実ではあり得ないナポレオンの家来が出て来たり、宝石を取り戻すストーリー立てが冒険ファンタジーとして、なかなかちょっと興味深い。普通フランス映画ってこんな起伏に富んでないですよね。

カラー映画だったら、お城や森や神秘的な洞窟がきれいだったでしょうね。

軽騎兵のセザランが消えてしまうところも見たかったです。

 

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コメント

maa様
 この動画以前からどんな内容なのか気になってました。調べてくれてありがとうございました。最初のクレジットをよく見てみたら、フランスで絶大な人気のあった名コメディアン、ルイ・ド・フュネスの名がありました。
 面白そうなお話だし、一方でバッハのモテット3番のメロディーのところはとても幻想的で、全編見てみたいですね。
内容はイギリス映画「幽霊アメリカに行く」とちょっとにてますね。。情けない死に方をした主人公の騎士が、天国のご先祖様の怒りをかい、名誉を回復するまで昇天させてもらえないという話です。
 メドレーは「フランスの庭」という題で、少なくとも70年代までは公演でもよく歌われていた定番曲ですね。でも知らない曲もあったのでおかげさまで内容がよくわかりました。
ネコの鳴き声といえば今ではロッシーニのデュエットが有名ですが、昔はこれでした。

投稿: ヤマチャン | 2020年3月15日 (日) 22時23分

>ヤマチャンさま
>
すごく面白そうな映画ですね。幽霊なのか?幽霊なんだろうな。笑・・・自分のひいおじいちゃんが白馬に乗って出てくるんですものね。でも、ひ孫のために陰ながら応援するというのが涙ぐましくて、好きだなあと思いました。
フランスの庭、そうです。Jardin de france とウィキにも書いてありました。定番の童謡は、こんなに昔から歌われていたのですね。映像と歌をコミカルにまとめて、合唱団が主役だからこそできたシーンですね。猫の鳴き声の元祖がここにあったとは知りませんでした。
ストーリーは細部はわかりませんが、あらすじはこれであっていると思います。自動翻訳は全然あか~んのです。Googleは翻訳力をパワーアップするのが課題ですね。自分が勉強するよりは、Googleに頑張ってもらったほうが確かなので。
でもとにかく、美しい演奏を聴くことができる映画ですね。

ルイ・ド・フュネスさん、医者の役で出演していました。これはフュネス氏のファンがここだけアップしたみたいですね。
その場面は⇒ https://youtu.be/kVvRfr3BXS8

投稿: maa | 2020年3月16日 (月) 00時02分

 映画の題間違えました。「幽霊西へ行く」でした。
監督が「パリ祭」や「パリの屋根の下」のフランス人、ルネ・クレールで、ロバート・ドーナットという当時二枚目のイギリスの俳優が情けない幽霊と彼に見守られる子孫の二役をやってます。設定がにてるでしょう。
 それにしてもWSKのレコードにパリ木の写真が載ってたとは傑作ですね!!

投稿: ヤマチャン | 2020年4月 5日 (日) 18時59分


>ヤマチャンさま

映画の名前の勘違い、全然です。ルネ・クレールわかります。いや、ちがう。ルネ・クレマンでした。太陽がいっぱいの人。
でも古い映画好きですから、内容は覚えてないけれど、たぶん見ています。ジェラールフィリップ関係とかで。その幽霊の映画も面白そうですね。どこかで見られませんかね?
1960年頃の合唱団の知名度は、パリもウィーン少年合唱団もその程度だったのかなと思いました。あるいは、宣材写真が入手できなければ、あるもので間に合わせる的な、そんなおおらかな時代だったのではないかと思います。でも私は信じていたのだぞ!と、フィリプスの担当者に言いたいですね。笑

投稿: maa | 2020年4月 6日 (月) 00時04分

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